11月24日付 読売新聞編集手帳
安藤鶴夫の小説『三木助歳時記』(河出文庫)にバクチ必勝の心得に触れたくだりがある。
―― 一こころ、
二物(にぶつ)、
三上(さんじょう)、
四(し)根(こん)、
五力(ごりき)、
六論(ろくろん)、
七盗(しちとう)、
八害(はちがい)。
順に、
負けてもいいさ、という心の余裕(一)、
豊富な軍資金(二)、
上手であること(三)、
集中力を切らせぬ根気(四)と、
このあたりまではいいとして、
次第に物騒になっていく。
腕力(五)、
口論で相手を苛立(いらだ)たせる(六)、
周囲の目を盗んでのイカサマ(七)、
最後は〈相手を切り殺して取るよりほかのことなし〉(八)と、
むちゃを言う。
必勝の教えとは表向きで、
「こんな怖い世界に足を踏み入れなさんな」という戒めかも知れない。
八害は八害でも、
会社の信用を著しく害してしまったその人も、
“怖い世界”を骨身に徹して知ったはずである。
子会社の約106億円をカジノの負け金に充てた
大王製紙の前会長(47)が特別背任の疑いで逮捕された。
まじめに働く社員たちの生活が、
自分の肩にかかっている。
イロハのイである経営者の「こころ」を、
どこに置き忘れたか
一こころ、
二こころ、
三こころ…経営の心得はバクチほど複雑ではない。