7月11日 読売新聞「編集手帳」
夏目漱石『三四郎』に、
高齢の女性が「昔は雷さえ鳴れば梅雨は明けるにきまっていた」と俗信を唱え、
しつこい雨にぐちをこぼす場面がある。
梅雨明けの言い伝えはほか、
「セミが鳴いたら」がおなじみだろう。
初セミといえばニイニイゼミだが、
アブラゼミを「梅雨明けゼミ」と呼ぶ地方もあると天気エッセイストの倉嶋厚さんが随筆に書いていた。
熊本出身の知人にメールを出すと、
こんな返信が来た。
「母はアブラゼミが鳴いたので、
梅雨は終わると話していたのですが…」。
戸惑いがにじむ。
梅雨明けの見通しもないまま、
大雨が降り注いでいる。
九州豪雨の被害が深刻の度を強めるばかりだ。
線状降水帯が消えては発生し、
行方不明者の救助が難航している。
気象庁が「令和2年7月豪雨」と命名した災害は1週間ほど過ぎたものの、
いま災害のどの時点に来ているかも分からない。
被災地の方々の苦痛や不安はいかばかりだろう。
7月は旧暦の「水無月」が始まる時節にあたる。
「水悩月」との別称もある。
いま以上に悩みが深くならないよう、
俗信にさえすがりつきたくなる。
セミよ、
力強く鳴いて。