7月31日 NHKBS1「国際報道2020」
新型コロナウィルスをめぐってワクチンの開発が世界中で進められている。
WHO(世界保健機関)によると
その数は7月末時点で
先進国を中心に160種類を超えている。
なかでも進んでいるのがイギリス・中国・アメリカである。
先進国の間では
巨額の資金を投じて開発中のワクチンを自国のために確保する
いわば“囲い込み”に乗り出している。
日本政府も
アメリカの製薬大手ファイザーから
開発に成功した場合
6,000万人分の供給を受けることで合意したと明らかにした。
こうしたなか独自にワクチンの開発を進めているのがタイである。
(チュラロンコン大学 キアット教授)
「臨床試験の第1段階をなんとしても成功させたい。」
タイの名門チュラロンコン大学は7月
サルを使った実験で十分な効果と安全性を確認できたとして
今年10月から臨床試験に入る計画を明らかにした。
ワクチン開発チームのリーダー キアット教授。
エイズの治療やHIVワクチンの開発で世界的に有名な研究者である。
欧米では今年中の供給開始を見込んでいるワクチンがある中
キアット教授のチームは来年後半の供給を目指している。
タイが自国での開発を目指すのは
ワクチンの供給をめぐって翻弄された過去の経験があるからである。
世界中で新型インフルエンザが流行した2009年。
タイでは3万人近くが感染し193人が死亡した。
タイ政府はフランスからワクチンを調達するための約束を取り付け
購入資金を支払ったにもかかわらず
ワクチンが届いたのは感染拡大が収束した後だった。
(チュラロンコン大学 キアット教授)
「ワクチンを提供してもらう約束をして
金も払ったのに欲しい時に届かなかった。
新型コロナのワクチンは
金持ちの国が先に確保し
タイが入手できるのはわずか。
医療従事者などは接種する必要あるが
感染リスクが高い人や高齢者は検討が必要。」
こうした苦い経験からタイ政府は新たな感染症への備えを進めてきた。
その1つがワクチン製造工場である。
国が運営し
量産できる体制を整えた。
そして3年前に設立されたのがチュラロンコン大学のワクチン大学のワクチン研究センターである。
アメリカやヨーロッパでも免疫学やウィルス学の研究を積んだスペシャリストをそろえ
デング熱やエイズウィルスなどの研究を行なっている。
そして今年1月からは新型コロナウィルスのワクチン開発に取りかかった。
遺伝子ワクチンという新しい技術を活用し
ワクチンを作るためのいわば“設計図”を独自に作成した。
アメリカの大学など海外の研究者とも協力し
できるだけ早い完成を目指している。
タイでは現在新型コロナウィルスの感染者数は累計で3,310人
死者は58人と
抑え込みに一定の成果をあげている。
しかし
感染の再拡大に備えつつ経済を立て直すためにはワクチンの調達が急がれていて
政府は他に4つのワクチンの開発を財政的に支援している。
キアット教授は
最終的に
国内のメーカーでワクチンを大量に生産する体制を築き
タイの需要を満たすだけでなく
できるだけ安い価格で隣国に輸出することも目標にしている。
(チュラロンコン大学 キアット教授)
「経済力のない国がワクチンを調達できないなら
我々が提供して救いたいと考えている。」
自国でのワクチン開発にタイの人たちの期待は非常に膨らんでいる。
地元メディアは開発の状況を詳しく伝えている。
タイ政府は独自の開発を支援する一方
他の国からワクチンを購入する交渉ももちろん進めている。
医療関係者など感染リスクの高い人たちには
できるだけ早くワクチンを届けようという努力もしている。
タイのような新興国が独自の開発に成功すると
世界のワクチンの供給にも影響を与える。
先進技術を持った豊かな国が優先的に確保できるというこれまでのあり方に
変化をもたらす可能性がある。
WHOによると
タイの他にもトルコ・インド・ベトナムなどでも開発が進められている。
医療技術を積み上げてきた国がワクチンの開発に挑戦するのは自然な流れである。
(チュラロンコン大学 キアット教授)
「近い将来
技術の独占状態は解消され
ワクチンを簡単に摂取できるようになる。
タイは
ワクチンが行き届かない問題を解決する国の1つになれると思う。」
ワクチンを供給できる国が増えれば
世界中でもっと幅広く調達しやすくなる。
タイの挑戦がそうした変化の先例を作ることができるのか
注目される。