2021年3月13日 読売新聞「編集手帳」
【カセット】という外来語は、
カセットテープの普及とともに世に広がったらしい。
フランス語では宝石箱を意味することが多い。
オランダ・フィリップス社の技術者として、
カセットテープを開発したルー・オッテンスさんという男性が94歳で亡くなった。
世界各国のメディアが取り上げたのは、
多くの人に「音楽の宝石箱」の思い出があるからだろう。
少年のころ、
1曲ずつレコードを回しては止め録音したのを思い出す。
気を抜くとテープが絡まってもじゃもじゃになったり…。
瞬時にダウンロードできる今とはちがって手間と時間を要したが、
その分、
できあがった自分だけの宝石箱に愛着を持った。
と、
アナログ時代を懐かしむついでに思い出したことがある。
カセットテープ全盛時の面影を引きずる語句に、
2年ほど前に接した。
ある芸能事務所でタレントの闇営業問題が発覚し、
話し合いの席で社長がこう発言したという。
「お前ら、テープ回してないやろな」
録音装置がデジタルに変わっても、
「テープを回す」という言い方だけはしぶとく残っている。
宝石箱はすっかり見かけなくなったけれど。