2021年4月7日 読売新聞「編集手帳」
ホームドラマは、
日本のテレビ界で独特の発展を遂げたジャンルといわれる。
そもそも成立させるのが難しい。
家族の日常を描くとなれば、
娯楽色では刑事物に勝てない。
「視聴率が稼げない」。
そんな声が満ちるなか、
脚本家の橋田寿賀子さんは考えを変えることはなかった。
売れっ子になりかけていた1970年代初め、
本紙に仮説を語っている。
「三つ要素があれば、
視聴者の共感をつかめると思います。
身近なテーマ、
展開に富むストーリー、
リアルな問題点」。
仮説が真説になったことはその後の作品群が証明している。
ホームドラマをテレビの主役にした橋田さんが95歳で亡くなった。
仲良しの山岡久乃さんはぼやいたという。
「あなたのホンにかかると、
ろれつが回らない」。
長いセリフを書くのはむろん役者を泣かせるためではない。
隣の家でありそうなことに、
こっそり聞き耳を立てる心理に視聴者を導こうとすると、
困る役者の顔を浮かべつつ長くなるらしい。
視聴者も泣いた。
お茶の間での聞き耳に覚えのある方は多かろう。
涙、怒り、喜び…
心揺さぶる日常をセリフに詰め込んだ人が逝った。