2021年3月14日 読売新聞「編集手帳」
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ…
と始まるのは、
昭和の詩人、
三好達治の名作「甃(いし)のうへ」。
実際はお寺の景なのだが、
花と〈をみなご〉から、
桜咲く頃、
袴姿の卒業生が語らい歩む謝恩会を連想してしまう.
慮外(りょがい)のコロナのせいで、
謝恩会もままならない春である。
大学に限らず、
師と教え子がなごやかなひと時を過ごせないのは、
互いに残念なことに違いない。
学恩、
師恩の恩は「因」と「心」からなる。
このうち「因」は、白川静著「字統」によると、
四角い敷物に人が仰臥した文字だとか。
そう聞くと、
恩の中に、
大の字に寝る人の姿が見えてくる。
思い出される歌もある。
遠くは明治の石川啄木の
〈不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心〉。
近くは忌野清志郎さんが歌った「トランジスタ・ラジオ」。
授業をさぼり
〈寝ころんでたのさ
屋上で〉。
内ポケットのラジオから、
音楽が空へと溶けていく。
歌のごとくの子どもらの青春を、
「心」で支えた先生は今もいるはずだ。
きっと思いは伝わっている。
いつの日か、
言えなかったありがとうが空に響くこともあるだろう。