グローバル化が進み、多文化共生社会の実現や多様性の尊重などが言われます。
外国人との共生
外国につながる児童生徒との共生
性的少数者との共生
障害のある人との共生
男女の共生
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などの課題は、「共に市民として日本社会や学校で生活し、生きる」ことに力点が置かれるのがいまの時代の流れです。
そのこと自体は大切で、私たちは共生社会の実現にむけ、職場や学校、地域社会で取り組んでいきます。
しかし、「共生社会の実現はこれで解決する」というように声高々に言えるような解決策があるわけではありません。
みんながおたがいのちがいを認めあって、尊重し合うといっても、実際はそれほどうまくいくことはないのです。
職場や学校での人間関係はうまくいくだろうかなど、ギクシャクするのではないか。こんな思いがよぎる人もいると思います。
ただし、共生社会の実現や多様性の尊重に取り組むとき、「何かもモヤモヤモヤしている」感覚、「すっきりしない」感覚は、とても大切だと思うのです。
人にはそれぞれの視点があります。その人個人の知識や経験に基づいた価値観や意見があるのです。
その意味で、「正解」は一つではないことも多いのではないでしょうか。多様性は書いて時のごとく、多様で、ある意味面倒でもあります。
その面倒をのりこえ、「おたがいにこれならやっていける」という納得を、最大公約数的にもてるとき、多様性を受け入れ、共生する道が開かれるのだと考えます。
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