風のように

ゆらり 気ままに 過ごすとき
頭の中は妄想がいっぱい
錯覚の中で生きるのが楽しみ

恩おくり

2015-04-25 23:26:05 | 心理と真理
 高木歓恒(阿弥陀寺御住職)のお話をダイワロイネットホテルの旅カフェで聞いた
      「恩おくり」―エルトゥールル号の海難事故に学ぶ―

2年まえに和歌山県串本町大島を旅したときに、エルトゥールル号の海難事故
125年前の事故当時の記録や遺品などトルコ記念館で見ていたこともあり
講話を聴きに行った

樫野崎灯台沖のエルトゥールル号の海難事故の起きた場所はその記念館のすぐそばに見える
断崖絶壁のその下に


恩おくり

明治23年9月16日夜、大島沖で座礁沈没したトルコ軍艦エルトゥールル号
乗員659名のうち救助されたのは69名

荒れ狂う波の中、救助に向かった大島の海の男達
怪我人の治療や食料の調達に心を尽くした住民達

今のように物の豊富な時でない、明治23年の大島はどんなだったのだろうか?
自分たちの労力、衣食住のすべてを提供したに違いない

救助に命を懸けた大島の人たちへの感謝を助けられたトルコ軍人達は忘れなかった
帰国した兵士達は子や孫へと語り継ぎ、また家族から隣人へ全国民へと語り継がれた

そしてもしも日本人の危機の時は必ず恩を返そう
もし自分が返せないときは子が、子が返せなければ孫が恩返しをすると語り継がれた


そして


100年の月日が流れた1985年3月17日
イラクのフセイン大統領が48時間後にイラン上空の航空機を無差別攻撃すると宣言

イランに残された日本人200数名は日本政府の救助を待ったけれど
自衛隊からもJALからも救援機は飛ばなかった

救援に志願するパイロットや乗務員は日本から飛び立つ待機をしていたけれど
危険すぎると日本政府やJAL労組が飛ばさなかったのだ

絶望の200数名を救ったのはトルコ航空機
攻撃開始の時間が迫り危機一髪の脱出だった

しかもイランに残るトルコ人達は自動車でイラン国境を越え自国へ非難したのだ
日本人を救ったその陰にあったのはエルトゥールル号事故の時の恩

嵐の中60メートルの絶壁を命がけで負傷者を背負って助けられた恩
なけなしの食糧を掻き集めて提供し負傷者を治療してくれた恩


危険を顧みずにトルコ航空機は飛び自国民は陸路で脱出してまで 
100年の時を超えて酬いてくれた恩返し


。。。。。。。きっと・・・・・・・・


トルコの人々に語り継がれて来たのはお話でなかったのだ
お陰さまという感謝の心、助けられた兵士の心のまま

きっと私にも子へ孫へ語り継がなければならないことがある
子や孫へ示さなければならないことがある

何だか今の世の中奪い合うことが多くなっているような・・・
そのことを非難するのでなく

誰もが持っている素朴な心
わけ合うこと感謝すること

当たり前の心を伝えたい






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