・・・・なんちゃって。
世間ではなんてこともないだろう一週間なんだけど。
それも実質は一週間じゃなくて、月曜から木曜の午前中まで。
他人と言葉を交わさずに済む毎日を過ごしていると、もしかしたら一言二言でも言葉を交わす可能性のある場に身を置かなければならない、ってのは結構重荷、いや違うな、気がかりなものだ。
何よりも、その時まで何となく落ち着かない時間を過ごすことになる。その時間が「重荷」、だ。
で、「怒涛の一週間」って何だ、というと・・・。
月曜日 ゴミ当番。午後、義兄宅訪問。
火曜日 腎臓病予防の講習会。コロナウィルス感染症についての付録付き。
水曜日 歯の治療。午前中。
木曜日 再びゴミ当番。
以上。
「これのどこが怒涛の一週間なんだ?」と笑われそうだが、繰り返す。
他人と言葉を交わさずに済む毎日を過ごしていると、もしかしたら一言二言でも言葉を交わす可能性のある場に身を置かなければならない、ってのは結構重荷、いや違うな、気がかりなものだ。
何よりも、その時まで何となく落ち着かない時間を過ごすことになる。その時間が「重荷」、だ。
一日おきならまだしも、連日となると、ストレスになる。三歩歩くと忘れるというカラス(鶏だったかな?)の頭みたいなのが本当は生きていく上では理想的なのかもしれない。
だから、用がなければ引き籠る。
「それがいけない」、と世間は言うけど、用がなくとも出歩いていると、その世間から後ろ指を指される。
「それが嫌だ」と引き籠る。
そして、引き籠りからの孤独死となる。・・・ってNHKスペシャルでやっていた。
たまには「怒涛の一週間」があった方がいい、のかな?