宮崎駿さんのブログにあった「子どもは今を生きている」
という言葉にハッとしました。
確かに、子どもは「今を生きています
大人になると、真っ正面を向いて「今を生きている」と
言えない何かがあります。
でも、「今を生きたい」と強く思っているのに…
この子どもと大人の違いはどこにあるのでしょう。
子どものエネルギーは真っ直ぐなのに、大人は
どこか屈折している…
子どもは、何も考えずに今を生きている。
大人は今を生きたいと、強く強く思っているけれど
今を生きることがどんどん難しくなる
息子が、突然亡くなったときに、生きるとは
今、この時しかないのだと自分の細胞に刻み込まれた
と思ったのに、いつの間にか、この今がずーっと
続くものと錯覚している
だから、真っ直ぐな目をして「今を生きている」と
言えないのかも知れない。
佐藤初女先生は、93歳にして「今を生きている」
『神の計らいは限りなく 生涯私はその中に生きる』
初女先生の生きるは、この言葉の中に凝縮されて
いる
キュブラー・ロスは神さまは甘いパイばかりくれない
と、確か書いていた
どのような神の計らいであっても、黙ってそれを
受け入れ全力で「今を生きている」初女先生の
その生き方を思う時、生きることと祈ることが
一つになるような気がする…
もう一度、自分に問うてみよう
「今を生きていますか?全力で…」