~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

桜の季節に想うこと…

2013-03-31 17:33:11 | 日記
今年の桜ほど、花の短さを感じた年はなかったかもしれません。

今日は雨の中、散りゆく桜を見ていたら何とも言えず淋しい気持ちに

なってしまいました。

ふと、先日テレビで見た南相馬の卒業式が思い出されました。

家族5人が津波に流され、お父さんだけ遺され、そのお父さんが

娘にかわり、たった一人の卒業式に臨んだのです。

娘の晴れの日を、家族みんなんで祝いたいと、机の上にみんなの

遺影を並べて…

お父さんは、ブック型になっている卒業証書をもったいなくて

半分に折れないと言ってました。

私は、観ていて涙が止まらなくなりました。

そして、すごいお父さんだと思いました。

私には出来なかったことです。

うちの息子の時は、息子の卒業証書を友達だ受け取ってくれた

そうです。

近所の同級生のお母さんに「山崎さんは、卒業式来なかったの」

と言われ、その言葉だけで心が折れてしまった私です。

この南相馬のお父さんを見て、私も息子の為に卒業証書受け

取ればよかったかなと、そんなことが心によぎりましたが

息子はよく、「お母さんは弱っちいから」と言っていたから

仕方ないなと、許してくれていたかも…

卒業式を終えた子供達や先生が家に来てくれ、賑やかな

ひと時を過ごしたのを今で覚えています。

子供達が帰った後、二階から降りて来た主人に「君は強いな

僕は創の同級生の顔を見るのも辛い」と、言われました。

こんな弱っちい私を、強いと言った主人の悲しみの深さが

今頃になってわかってきました。

天国の創、母さんは少しは強くなったでしょうか…

お父さんの悲しみは、少しは和らいだでしょうか…

貴方の中学の入学式は、土砂降り雨でしたね。

雨の中の桜は、やっぱり悲しい思い出も連れてきます。

それも、これも全てが息子の思い出…
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心に降りて来ました。

2013-03-28 22:07:48 | 日記
昨日、書の先生が「主人と九十過ぎの母親とが、本気で喧嘩をするの。

私は、母親が弱かったから喧嘩なんて出来なかったわ。」と言われ

他の人も、「うちも母が弱かったから、言えなかったなー」と…

そう言えば私も、母は心配事があると眠れなくなるので、泣きごとを

言えないのです。

そうやってみると、主人の母は凄い人だったなーと、つくづく思います。

息子が亡くなった後、主人は私の前では泣くことが出来なかった

のです。

私が、あまりにボロボロで壊れてしまいそうだったので…

その主人が母親の前で、小さい子供のように泣いたのです。

主人の母も、次男を亡くしていたので、子どもに先立たれる

悲しみも苦しみも知っていたので、主人の悲しみを一心に

受けとめているようでした。

やはり、母親は真に強くないと、子どもは本当に辛い時に

その気持ちを出せないんだと、思いました。

そんなことを思っていたら、初女先生が二人きりでいた時に

「母っていう字が難しいの。お母さんになるって本当に難しいこと

なのよね」と、言われたの思い出しました。

今、私の息子は辛いことがあった時に、私の前で泣けるだろうか

と思った時に、彼は一人で泣くだろうなと思いました。

まだまだ私は弱いから…

自分の子供のお母さんになるのも、こんなに難しいのに

初女先生は万人の母に…これって物凄いことなんだと思った途端

ふっと、講演会のテーマが私の心に降りて来たのです。

すると、まるで霧が晴れるように、このことをやらせて頂くことの

意味が明確になってきたのです。

この思いを初女先生に伝え、スタッフと分かち合いたい!

「みんな、お母さんの元に戻っておいで!」

そんな、お泊りの講演会が出来たら、どんなにいいだろう…





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糠漬けに…

2013-03-26 20:35:23 | 日記
具合が悪かった二日間、糠床をかきまわせませんでした。

気になるけれど、手から気が出ているといいますから、具合の悪い

手を入れたら、何だか糠に悪い様な気がして…

でも、赤ん坊をほったらかしにしているようで気が気でありません

でした。

初女先生も一昨年の夏に、羽田にお迎えに行った時、お会いして

間もなく、「糠床を残してきたから、気になるの」と言ってました。

先生も子どもを残してきた気持ちだったのでしょう

今朝、恐る恐る糠床を見ると、顔色の悪い糠床になっていましたが

かきまわすと、きれいな色になりました。

本当に生きているんだなーと思い、やっぱり手をかけてあげなくちゃ

と、思いました。

先生は、糠床は様々な微生物が活動し、それを手で混ぜることに

よって、空気が送り込まれ、活発に活動する、色んな野菜がみんな

仲良く入っていますが、微生物の働きによって美味しいお漬物に

なるのですと、言われ

この糠漬けに、生物多様性を見られた初女先生は、本当に凄いと

思いました。

ガイアシンフォニーのプロローグの「多様なものは多様なまま

ともに生きる。それがいのちの摂理であり、宇宙の摂理でも

ある。」という、いのちの摂理・宇宙の摂理を糠漬けに…

心を込めてかきまわした、今日のお漬物は特別美味しく感じ

ました。
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自然治癒力

2013-03-25 17:58:32 | 日記
最後のお花見と言われていた週末、お花見どころではなくダウンして

しまいました。

ものすごい頭痛と悪寒と胃痛それと気持ち悪さも重なって、

横になったまま、動くことも出来ませんでした。

足湯をしたら楽になるだろうと思っても、起き上がれなし

ビワ温灸をやる体力もないし…

悪い処はエネルギーが無くなっているから、一番簡単な熱エネル

ギーを加えてやればいいと、温熱療法の時に教わったので、

小さなアイロンを握りしめ、ひたすらお腹を温めていたら

冷たくなっていた足が、ぽっと温かくなり気がつくと悪寒が

取れているのです。

すると、あれほど痛かった頭痛も、楽になっているのです。

自分の中の治る力を実感し、これって自然治癒力?と…

花冷えという言葉があるくらいですから、今の時期きっと

冷えによる体調の悪さが、あれこれでてくるのでしょう。

もう暫らく、体を気遣ってあげねば、頑張ってくれてる

私の体に感謝して…
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お母さん

2013-03-23 11:59:39 | 日記
動物でも、人間でも生れて来て最初に出会うのがお母さんなんだ!

と思ったら、当たり前のことなのに何だか心がぽっと温かく

なりました。

植物や昆虫や魚は、お母さんを知らないで大きくなるけど

お母さんから生まれ、お母さんに抱かれ、お母さんと出会うのです。

そして、どんな動物(人間も含め)の赤ちゃんも可愛いのは、

愛される存在として生れて来るからだそうです。

成長するのに、時間や手間がかかる生き物だから、愛が芽生え

育まれるように、神さまの計らいがちゃんと働いているんですね。

今はこの母の愛、母性が希薄になって来ているのか、男性も女性も

母性を求めていると言います。

「お母さん」と言葉に出してみるだけで、ちょっと心が温かく

柔らかになるのは、それだけでお母さんの愛を思い出す言葉

だからでしょうか…

ふと、「おかあさん」の童謡が口からこぼれます。

     
      『おかあさん』  作詞 江間章子 作曲 中田 喜直

     おかあさん おかあさんとそっと呼んでみる

     大人になっても 遠くはなれても

       あなたはいつも青い空
       
     淋しさも 悲しみも みんなすいとってくれる

     何もいわないで じっとこらえていたときも

       すぐにわかってくださった

          おかあさん

     おかあさん おかあさんってそっと呼んでみる

     うれしいときは 誰より喜んでくださいました

     おかあさん 忘れててごめんなさい

        私のお母さん

     一人で大人になった顔してみたって

        ふと呼んでみたくなる  お母さん…

          おかあさん おかあさん  

   
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思いを感じた時

2013-03-22 20:30:33 | 日記
結婚する時、主人に母親が理想の人だと言われた覚えがあります。

聞いた時は「ひょえー」という感じでしたが、確かに息子が

そう言うだけのことはある、素敵なお母さんでした。

私が主人に言っても聞いてもらえない時は、お母さんから言って

もらったこともあります。

男はみんなマザコンだからという言葉を、主人の口から

何度も聞きました。

その大好きなお母さんが数年前に亡くなり、大きな支えを失って

しまったようでした。

主人が大変そうな時、お母さんがいたらきっと適切な助言を

してくれるだろうなと、思ったことがありますが

でも、もう亡くなっていないし、いくら私が願っても無理な

ことだし…と諦めていました。

ところが、私の思いが天国のお母さんに届いたのかしらと

思う事が起こったのです。

息子が、何を思いたったのか突然、マルクスの資本論を

読んでみたいと言い、主人が何十年も本箱に眠っていた

資本論を出してきたのです。

息子が本を開いたら、その本の中に主人が就職した時に

お母さんが送ってくれた手紙が入っていたのです。

今、人生の岐路に立っている主人に天国の母から

手紙が来たと、私は思いました。

姿は見えなくても、思いはちゃんと伝わっているんだと

思いました。

死とは、消えてなくなることではないんだと、確かに

思えました。

何十年振りに読んだ母からの手紙に、涙が出たと言って

いた主人…

私は「お母さん、ありがとう!」と、空に向かってそっと

言葉を放ちました。

母の思いを感じた時でした。

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春待ちが…

2013-03-21 18:32:35 | 日記
19日は小学校の卒業式でした。

うちの方の小学校では、卒業証書をもらうときに子供たちが何か

一言、言うのです。

それは将来の夢であったり、中学生になったらの希望であったり…

体育館に響き渡る大きな声で、一人ひとりが宣言するのです。

それを聴くと、子どもっていうのは未来に向かって生きているんだな

と、それだけで感動してしまい、何だか涙があふれてしまうのです。

ところが、先日卒業した小学生に聞いたら、あの一言を言わない

生徒の方が多くて、時間が余っちゃうから歌を3曲に増やした。と、

言うのです。

私は、びっくりしました。

その夢や希望が実現できるかどうかなんて関係なく、大勢の前で

言葉に出して言うことが、大切なような気がしていたので…

何だか残念でたまりませんでした。

 卒業式の翌日に一気に桜が咲きました。

桜の硬い蕾を見ながら、春を待っているという春待ちがなく

いきなり咲いてしまったという感じです。

この桜の開花には、何か拍子抜けをさせられた感じがしました。

やっぱり、「春よ来い、早く来い」と、待って待って訪れる

春とは、そんな季節であってほしいのです。

今年の桜の色が薄く感じられるのは、私だけでしょうか…



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母の味

2013-03-20 21:21:33 | 日記
今日はお墓参りに行った帰りに、実家に寄って来ました。

いつも、実家に行く時は母に迷惑を掛けてはと、お弁当やお惣菜を

買って行くのですが、今日は時間がなくて何も持って行けません

でした。

母が「出前でも取る?」と言ったのですが、私が「いいよ」と断ると

何にもないけれどと、山盛りの大根の煮物を出してくれました。

「こんなに誰が食べるの?」と言うと、大根1本全部煮てしまったと

言うのです。

「まったく、もうー」と思いつつ、食べてみると美味しいのです。

あご出汁だけで煮たという大根が、実に優しい味がついている

のです。

食べていて、あーこれが母の味なんだと、思えました。

滋味な味わいというのでしょうか…

大根を食べながらふと、初女先生のお料理を思い出しました。

優しい味付けで、食べていると心が穏やかになってくるのです。

イスキアに行くと、つい「ただいま!」と言いたくなるのは

先生の母の味のせいでしょうか…

先生は、家庭料理は品数がたくさんある必要はないし、凝った

料理を作る必要もない、お母さんが家族のことを思いやりながら

ていねいに作ることが一番大事だと言われています。

そして、何でもないような料理を、本当においしく作れることが

大事だと…

母の大根の煮物は、先生の言われているような、そんな料理

でした。

私は、山盛りの大根をご飯のように食べてしまいました。

家に帰ってきてから、母に「大根美味しかった。

私も作ってみるね」と電話をすると、母が「近所から

畑で取れたほうれん草をもらったから、ゴマで合えたら

美味しかったよ」と…

私は、これからは母の所にお弁当を買っていくのはやめようと

思いました。


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「までい」の心

2013-03-18 21:57:06 | 日記
私は関東の生まれなので、方言と呼べるものを持っていません。

だからでしょうか、方言への憧憬は歳を重ねれば重ねるほど

色濃くなってきます。

初女先生の言葉は、もうそれだけで私にとってふる里そのものです。

宮澤賢治の作品を読むと、方言を持たない自分がとても薄ぺったく

感じるのです。

今日、また素敵な方言に出会いました。

「までい」です。

「までい」とは、手間を惜しまず、丁寧に心をこめて、慎ましく

と言った意味合いを持つ、東北の方言だそうです。

何だか、初女先生のお姿にぴったり重なります。

福島の飯館村では、20年の歳月をかけて「までい」な村づくりを

してきたそうです。

飯館村は本当に美しい風景がひろがり、「日本で最も美しい村」

連合に加盟を果したのは、震災の5か月前だったそうです。

そして、その飯館村を舞台に刊行された『までいの力』に書いて

あることが、新聞に載っていました。

それは、震災を体験した私たちが歩むべき道を、示して

くれているようです。

『「までいの心」あるいは哲学は、ないものをねだるのではなく。

あるものを探し生かす。

この足元こそ、ほんとうに大切なものがきっとあるはずだ。

走るスピードを緩めて、時には立ち止まって、なくしてきた大切な

何かに気づき、それを見つめ直す。

昔からの村の暮らしの中にこそ、未来を方向付けるべきヒントが

隠されている。』

一人ひとりが「までい」を心に刻み、震災後の私たちの歩むべき

道を探していかなければ…
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デクノボーの生き方を…

2013-03-16 11:39:16 | 日記
東京五輪招致のレセプションで、安倍総理が「より速くー、より高くー

より強くー」と歌い上げた時、強い日本がかえって来たと

感じた人が多かったのでしょうか…

私は、言いようのない不安に包まれたました。

この不安はなんだろうと思っていた時、「この国は震災前の状態に

戻ろうとしている」という文章を見つけ、私の不安はこれだ!と

思いました。

戦後、焼け跡から立ちあがった日本は、いつしか経済大国を

目指し、いつの間にかこの地震列島に54基もの原子力発電所を

つくってしまいました。

経済最優先で来たこの国が、リーマンショック以降政治も経済も

閉塞状態に陥っていました。

そして、そんな中で起きた東日本大震災・原発事故に、私たちは

たじろぎ立ちどまり、どう生きていったらよいか、本当幸せとは

なんだろうと、誰もが苦悶したはずです。

消費が、経済を進める美徳という考えが間違っていたと気づき、

物を大切にし、節約する昔ながらの日本人の生活が、いかに尊い

ものであったかに、多くの人が気づいたと思います。

原発は安全ではなく、どれほど危険なものかも解ったはずです。

この大震災の大きな大きな犠牲から、私たちが学ばなければ

震災でいのちを落とした人達に申し訳ないと思ったはずです。

あれから2年…

たった2年しか経っていないのに、経済最優先の道を再び

歩もうとしているのです。

総理は施政方針演説で「今こそ世界一を目指していこう」と

人差し指を突き立てて呼びかけました。

被災地の人からは、風化し忘れ去られようとしているという

声が聞こえるようになり、毎日放射能を出し続けている

原発事故も、早々と終息宣言などを出し、終わったかのような

錯覚をさせられ、これほどの事故も、あったことをなかったかに

するような方向に行くのだろうかという、危惧さえ覚えます。

作家の井出孫六さんは「日本は『大国』であることが好き

なんです。原発がどんなに危険でも『経済大国』という

言葉の前には問題にされなかった…

現在の日本は大国主義の幻想を捨て、身の丈に合った小国

として生きる道を探すべきでないか…

勤勉な国民がいるというものすごい財産がある。これに勝る

ものはない」と言っています。

経済学者の中山智香子さんは「市場規制の規制をなくし、

お金だけが大事というのが新自由主義。強きを助け弱きを

くじく…貧困から抜け出すために働け、市場に買われるように

自分の価値を高めろと、新自由主義は人々を容赦なく追い立てた

そして、その本質は人間の使い捨てです」と言っています。

そして今、その新自由主義の流の中に、私たちの国があることに

警告を鳴らしています。

中山さんは、震災前の道に戻らないためには宮澤賢治の

『雨ニモマケズ』にヒントがある、デクノボーの生き方をと

言っています。

「皆にデクノボーと呼ばれ、ほめられもせず苦にもされず。

人と比べようとしない。前に進むばかりがいいのではない。

何かおかしいと、変だなと思ったら立ちどまる。

つじつまや帳尻を合わせるのがうまい器用者ではなく、

不器用な生き方です。」と言っています。

中山さんは、ビクトリア朝時代の思想家の『穏やかな経済』

(最後の者にも分け前がいくように、一人一人が自分の

分け前を必要以上に求めないという意味)が好きだと…

あの大震災を体験し、立ちどまった私たち日本人はどこに

進もうとしているのでしょうか…

 「私、つましいの」という初女先生の生き方は、

震災があってもなにがあっても、揺るがないものでした。

真の豊かさとは、本当の幸せとは何でしょうか…






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