~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

魂がよろこぶ

2016-07-30 23:21:12 | 日記

金子みすゞさんの「花のたましい」を読むと、そこに

初女先生の視線を感じます。

    花のたましい

 散ったお花のたましいは、
 み仏様の花ぞのに、
 残らずうまれるの。

 だって、お花はやさしくて、
 おてんとさまが呼ぶときに、
 ぱっとひらいて、ほほえんで、
 蝶々にあまい蜜をやり、
 人にゃ匂いをみなくれて、
 風がおいでとよぶときに、
 やはり素直についてゆき

 なきがらさえも、ままごとの
 御飯になってくれるから。  

        (金子みすゞ)

みすゞさんが、花のいのちと言わずに

花のたましいと言ったこと…

どんなものにも、たましいがあるという思いで

見つめていたんだなと思うとき、初女先生も

そうだった、花にも野菜にも机にも石にも

魂があると思うから、そのものの声を聴き

丁寧に扱われていたんですね。

人も野菜も漬物石も、みんな初女先生といると

嬉しかった。幸せだった。

魂が喜んでいたからなんだね。

魂が喜ぶ…

すごいな~

 

 

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あまりに悲しいことだけれど

2016-07-28 21:49:14 | 日記

作業をしていたR子さんが、「19人死んだ」と言いました

R子さんは、私たちの作業所で言葉を話すことができる

数少ない人です。

「19人死んだ」この短い言葉の向こうにある、彼女の

気持ちを思うと、簡単には答えられませんでした。

この事件は、やまゆり園の人だけでなく障がいを持った人

すべての人の心に傷をおわせたのです。

やまゆり園で首に4か所も傷を負った方の親が

「障がいがあるので、痛いとも言えなかったんだ」と

言っているのを聞いて、胸が苦しくなりました。

私たちの作業所のⅯちゃんは、自分だけの言葉を

発します。

Ⅿちゃんの言葉を分かってあげたいと、一生懸命

聴くのですが、わかりません。

でも、いつのころからか「しごと」と言えるように

なったのです。

Ⅿちゃんは、メモ帳の表紙にステンシルをする

お仕事が大好きなんです。

一人では出来ないので、職員と2人で1本の筆を

握り色をつけていくのです。

1日に3~4枚できれば上出来です。

1冊100円のメモ帳

効率が最優先される社会からは、かけ離れた

お仕事ですが、私たちが忘れている大切なものが

そこにあるような気がします。

「障がいを持っていることは、不自由ではあるけれど

不幸ではない」と言っていた方がいます。

多様なものが、その存在を認め合って生きていくのが

この地球であり、私たちの社会です。

障がい者がいなくなっていいはずなのないのです。

やまゆり園の事件を、特異な事件として

終わらせてはいけないと思いました。

あまりにも悲しいこの事件は、私たち一人ひとりにも

問いかけられているのですから…

 

 

 

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心が痛いです

2016-07-26 22:38:33 | 日記

心が痛みます。

障がい者の人が虫けらのように殺され傷つけられた

ことに言葉を失いました。

私は、障がい者の作業所に勤めています。

重い障がいを持ち、ほとんどの方が重複です。

言葉は出なくても、感じる心があります。

屈託のない笑顔に、こちらが励まされます。

健常者と障がい者が、互いに支えあって

生きているんだと、実感します。

みんな一生懸命、いのち一杯生きています。

そのいのちが、こんなふうに奪われることに

悲しみと憤りで、心がぐちゃぐちゃです。

筋ジストロフィーの岩崎航さんの詩が心に

響いてきます。

  『嗚呼 僕も

   生きているんだ

   青空の

   真っ只中に

   融け込んでいる』

  

   『自分の力で

    見いだした

    ことのみが

    本当の暗闇の

    灯火となる』

   

   岩崎航さん

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道下美里選手・人間って素晴らしい

2016-07-25 23:10:44 | 日記

今日のNHKのあさイチで、パラリンピックの

金メダル候補の道下美里さんが出ていました。

笑顔の素敵な道下選手ですが、中学の時に右目を

短大卒業後に左目を失明され、その後入った

盲学校でマラソンに出会ったそうです。

目の見えないランナーは、伴走者とつなぐ

「絆」と呼ばれるロープと伴走者の言葉が道標と

なって走るわけですが、

道下さんは「人を信じないと走れない状況に

直面して障害を受け入れることができました」と

言われています。

そして、母親に「お母さん、目を悪く生んでくれて

ありがとう」と言っているのです。

人生の一番の不幸と思われることに、最も感謝

出来る、これほど深い感謝があるでしょうか

道下さんの笑顔の源を見た気がしました。

人間って素晴らしいな!と感動しました。

そういう私も、人間なのであります…

 

 

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梅干し

2016-07-24 22:51:03 | 日記

テレビ番組を見ていたら、「きょうの料理」に

94歳の料理家の方の梅仕事があると知ったので

楽しみに待っていました。

梅の扱いが丁寧で、やっぱりこの年代に人は

違うな~と、初女先生を思いながら見ていました。

その家には、梅の保存部屋があって

数えきれない程の梅干しが瓶に入って、並んで

いました。

これは初女先生とは、大違いと思って観ていると

梅を刻んでおむすびを作り始めたのです。

ラップにご飯をのせて、そのまま結ぶのです。

これだと清潔ですし、食べるにも手を汚さない

とのこと…

私は「あ~ご飯が呼吸が出来なくて苦しそうだよ~」

と、心の中で叫んでいました。

梅ジャムを作られたら、梅を煮詰めるのではなく

電子レンジでチンしていました。

梅を洗うのも、へたを取るのも、あんなに丁寧に

やっていたのに、調理となったら全然違うのです。

人へも物へも、心を寄せていつも声を聴いていた

初女先生の素晴らしさを、あらためて感じました。

その料理家の方が、「家に亡くなった人が出たら

梅を漬けてはいけないというんですよ。

でも、私は息子が亡くなった年に梅を漬けたの

そうしたら、とっても美味しい梅干しが出来たの」

と、言ってました。

私は、今年の梅干しは大失敗です。

何がどうしたのか、わかりません。

しそを全部入れ替え、やり直していますが…

「どうしてなんだろう?」と聞ける初女先生も

いらっしゃらないし…

こんなとき、ふっと淋しくなるのです。

とにかく、梅を太陽と風にあてよう

美味しくなると信じて!



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ひとりひとりの中にある「森のイスキア」

2016-07-22 23:43:59 | 日記

「いのちのエール」の講演会から1週間が経ちました。

講演会の感想や、その後頂いたお手紙を読んで、あの集いは

多くの人の新たなる出発点になったんだと感じました。

初女さんは「いのちをむすぶ」の後書きに「ひとりひとりに

森のイスキアが宿っている、そのことがなによりの励みです」と

書かれています。

森のイスキアの温かさ、静けさ、抱かれるような安心感…

これらすべてが、ひとりひとりの中に在ると、初女さんは

言われているのです。

私たちが初女さんに求めていたものが、

それぞれの中に在ると…

初女さんは、そのことに希望を待たれていたのです。

ガイアシンフォニー2番の最後に映し出される

『その鐘を打つのは誰ぞ

         それは汝なりき』

この言葉は、初女さんへの言葉だけではなく

私たちへの言葉でもあったのですね。

「自分を信じて生きていく」と書かれた、沢山の人の

感想を読んで、涙が溢れてしまいました。

皆さんが、自分が自分に送っている、いのちのエールに

気づかれたのです。

後は、ひとりひとりの中にある「森のイスキアの扉」を

開けば良いだけのことです。

森のイスキアは自分自身の中に在るのですから…

 

 

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びっくりが、がっかりに

2016-07-21 23:27:21 | 日記

昨日、夏休みにどこか行くの?と聞かれ「どこも行かない

随分、青森も通ったけどね…」と答えていた自分が

いました。

弘前が故郷みたいに通っていたな~

イスキアに着くと、ただいま~って心の中で言って…

今月、森のイスキアのお庭に佇んできたという

kさんが「小さな森」に確かに初女先生を感じたわと

言ってました。

それを聞いた、またイスキアに行きたくなりました。

この夏は、ランディさんたちがやっている

発達障害の親子合宿、色えんぴつの

サマースクールに参加します。今年で3回目

どんな子ども達に出会えるか楽しみです。

そんなことを思っていたら、作家の平野啓一郎さんの

ブログにこんなリツイートがありました。

『発達障害は親の育て方で防止できると

いうのが「親学」

できるかボケ。

その推進議員連盟(会長は安倍晋三)に、

小池百合子さんは名を連ねています。

障害を持つ子供を抱える親の敵です。 』

え~発達障害が育て方で防げるなんて、

いまだに言っている人がいるなんてと、びっくり

したら、この国を動かしている人たちでした。

びっくりが、がっかりに変わりました。

この国はどうなっているの?

 

 

 

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自分を信じて

2016-07-20 23:54:20 | 日記

昨日のブログで、気づきが何もなく時間が過ぎてくことを

書きましたが、今日大切なことに気が付きました。

3月から準備してきた講演会が終わり、

「これから、どうしたもんじゃろな~」と思っていたら、

終わりは始まりだと気が付いたのです。

終わりは終りじゃなくて、そこからまた新しい何かが

始まるのです。

今回の講演会で、初女先生がいないことを実感しま

した。頭ではなく体験を通してです。

いらっしゃらないということを、何とか乗り越えたときに

初女先生の確かな存在を感じたのです。

そして、終わりは始まりを知ったのです。

初女先生は、去年の秋にご自分の体力も落ち

今までのように、イスキアのお客様を迎え

ご自分でお料理を作ったりするのが難しくなったと

感じられ、そのほかにも色々あったとは思いますが

イスキアを解散すると言われ、新しいかたちで

森のイスキアをやっていくと言われたのです。

まさに、終りが始まりを実行しようとしていたのです。

94歳でです!

残念ながら、始まりをみることができませんでしたが

メッセージは、しっかりと受け取りました。

これから、何が始まるか全く見えていません。

でも、終りが始まりであることを信じていれば

きっと何かが動き出して来ると思うのです。

あの日、かなっくホールに初女先生は来ていたと

思えるのです。

信じて待とう…

初女先生の声が聞こえるよ

自分を信じてという声が…

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昨日と今日は

2016-07-19 22:30:14 | 日記

講演会の準備をしていた時と、今と1日の時の刻みが

まったく違うのです。

充実している時間はゆっくりと感じるそうで、このところ

暑さにぐたっとしている内に1日が過ぎてしまうのです。

初女先生は、毎日どんな小さいことでもいいから

気づきがなければと言われていました。

真剣に生きてないと気づきもなく、その日が終わって

しまうのです。

   『昨日と同じ今日はいやなんです。

   どんな小さいことでもいいので

   毎日の暮らしの中から気づきと発見を得て

   行動に移していきたいの。

   ささやかな積み重ねが、知らず知らずのうちに

   成長につながっていくように思います。

                     佐藤 初女   』

初女先生の姿を思い浮かべると、自分は本当に

真剣に生きているのかな~と、思えてきます。

     『 真剣に

      生きなさい!

      人生は

      驚くほど

      早く過ぎ去っていく

                 葉 祥明   』

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いのちのエール・沈黙の中で

2016-07-17 20:35:50 | 日記

「いのちのエール」の講演会のわかち合いの最後に

「ランディさんは娘として、(亡くなった)初女さんに

言葉を贈られるなら」という質問に、時が止まったような

ランディさんの沈黙があり、会場の皆さんは

ランディさんの言葉が紡がれるのを、待ち見守って

いたのです。

それは、普通ではありえない空間が存在した世界と

なっていました。

ランディさんは、初女さんに「娘になりましょ」と

言われたあの日からの時間をたぐり寄せているよう

でした。

喧騒だらけのこの国で、300人の人がいるのに

これほどの沈黙が存在するんだと、心が震えました。

そのことをランディさんがツイッターに綴っていました。

あの瞬間、ほんとうに静かだった。

300人がみんなじっと黙って、別世界に入ってしまったみたい。

沈黙の時間。まるで、瞑想のような。

そう感じていたのはわたしだけではなかったんだ。よかった。

「どういう感謝を伝えたいですか?」と訊かれたとき、

なにもことばが浮かばなくなった。初女さんとの出会いの場面が、

すーっと映画のフィルムみたいに目の間を流れていって、

真っ白になった。

ことばが出なかったの。ことばにならなかった。

……ことばをこえてね。

ああ、また、ふりだしにもどった。

でも、あのときとはちがう。

そこに、みんながいた。』

深い沈黙の後に、ランディさんは「出会いに

感謝したい」と言われました。

舞台の袖にいた私は、胸があつくなり 

ランディさんの言葉に、自分を重ねていました。

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