~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

「リクと白の王国」・福島の子ども達

2016-01-31 23:10:22 | 日記

昨日、湯河原での女子会から帰って来て、一気に

田口ランディさんの「リクと白の王国」を読みました。

原発事故後の福島の子ども達をテーマにした作品です。

私が読んだ、震災や原発事故に関するものの中に

これ程、心を晴れやかにしてくれるものはなかったと

思います。

読み終わったとき、私が元気になっていました。

子どもと自然とそこに関わる大人と、状況は変わって

いないのに、希望が感じられるのです。

ランディさんは2011年4月に始まった「ふくしまキッズ」

の活動に関わって来ました。

その5年間の活動を通して生まれたのが、この作品

です。

私たちは、福島と言うだけで勝手にイメージを

作り上げて見てしまうところがありますが、

ランディさんは「福島に生きる人と、福島を外から

見ている人の間には、ずいぶんと温度差があると

感じました。私は外の人間ですから、実際のところ

福島に暮らす方達のご苦労ははかりしれません。

ですが、福島で生きる、福島で子育てをしていくと

決めて、生きていらっしゃる方たちの、お互いを

思い合う優しさと、子ども達守ろうとする努力、

困難に立ち向かう勇気にとても心を揺さぶられ

ました」と書いています。

私は、この本を読み終わった時、写真家の

長倉洋海さんの「だけど くじけない

~福島の子ども達からの元気便~」という

写真と子ども達の言葉が入った本を思い出し

ました。

子供はどんな時も、前を向いて未来に夢を

持っている、その姿を見たときに大人たちは

生きる力を、元気魂を子ども達からもらうの

ではないでしょうか。

 

 『私は今まで「ありがとう」なんて

何も考えずに言っていました。

でもこのしん災で、

とても深い「ありがとう」を知ったと思います。」

 

「地震があって考え方が少し変わった。

『日常』の価値は『非凡』で、

『日常』はパズルみたいに

ピースを集めると成立するんだと考えるようになった。

前は、ただ『日常』を、

だらだら同じことの繰り返しで、限りなくある物で、

それがやっと終わったら死ぬんだと思っていた。

私は、今生きていることが尊いと考えるようになれた。

それは、地震でゆいいつ得た物だと思う。」

       長倉洋海 「だけど くじけない」より』

 

 

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祈りという字

2016-01-30 23:08:15 | 日記

「個展」に向けて、「祈」という字を書いた時

書いても書いても書けず、170枚くらい書きました。

その時、祈りという字は簡単に書かせてもらえない

字であることがわかりました。

そういう字ってあるんですね。

 

 

「祈」から心に浮かんだ言葉

『人は何も出来なくなり、

最後のひと息を迎えるその時まで

他者のために「祈」ることができると知った時、

「神」に似た「祈」という字の深さに圧倒された。』

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透明な心

2016-01-28 21:51:42 | 日記

1月が早くも終ろうとしています。

私はまだ、あのバス転落事故の大学生達の

痛ましい死をどう受け止めていいか分らずにいます。

息子の出た大学の学生も亡くなっていたので、

特にです…

そして、またかと言いいたくなる政治とお金の問題に

新聞を読むのも嫌になっていました。

新年を迎える時にいつも「新しき年が、光のうちに

あるように」と祈るのですが、光はあるのだろうかと

不安になっていました。

でも、今日の新聞にフィリッピンのアキノ大統領が

「慰霊の旅」を続けられる天皇皇后両陛下を

「平和を実現する敬愛の象徴」と表現され

『貴国の善意を体現する存在として、いかなる

困難を担われてきたか、私には想像することしか

できない』と、語ったことが載っていたのです。

私は、「ふたり ・皇后美智子と石牟礼道子」を

読んだことも重なり、ひた向きに慰霊の旅を

されているお二人のお姿に、光を感じました。

私たちが、平和は当たり前にあるものと思って

いた時も、戦地となった地を訪れ、平和を祈り

黙々と行動されていたのです。

アキノ大統領の挨拶の全文を読むと、お二人の

誠意溢れる行動が、戦争という非人間的な

行為によって生みだされた深い民族の溝をも

埋めて行ったという事が、よくわかりました。

これほど、平和を願い行動している日本人は

他にいるでしょうか…

私は、お二人のお姿に平和の光を感じています。

心からの行動は、人の心に届くということを

教えて頂いた気がします。

初女先生は、今は心の曇った人が多いから

透明を伝えなければと、言われたそうです。

お二人の慰霊の旅は、透明な心でされているから

これほど響くのでしょう

 

 

 

 

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幸せのお福分け

2016-01-27 23:14:31 | 日記

斉藤一人さんのツイッターを見たら、こんなことが

書いてありました。

『あなたが不幸ならば、他の人を幸せにしてあげることは

できません。あなたが幸せならば、人を幸せにすることが

できて、その幸せは倍になります。

あなたが幸せで楽しさいっぱいでいたら、

みんな集まってきて、そこに集まる人々も

幸せになります。   斉藤一人』

幸せを感じることって、自分一人のものじゃ

ないんだ。

自分が幸せでいることが、他者を幸せに繋がって

いくんだ。

笑顔で、幸せのお福分けができるようにしたいな。

今年は、一杯笑顔でいよう!

悲しいことも、辛いことも笑顔で跳ね飛ばして

行きたいな~

 

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kさんの死

2016-01-26 23:59:39 | 日記

今日、職場に行くとながーい間ボランティアに来ていて

くれた94才のKさんが亡くなったと知らされました。

先月のクリスマス会には、皆と一緒に食事に行ったのに

年齢からすれば、大往生なのでしょうが、

何だかとてもショックでした。

「私が死んだら、娘が一人になってしまうから

もう少し生きなければ」と、言っていたのに…

『友人の死は悲しいけれ、身内の死は重い』と言った

人がいますが、長寿をまっとうした死であっても

やはり悲しいです。

パソコンを開くと、あのバスの転落事故で

意識不明になっていた若者が意識を回復したと

あり、救われた命に私もまた救われた気持ちに

なりました。

初女先生の「祈りのうちに今を生きる」という

お言葉が、私の中で鳴り響いていました…

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のんのさん いくつ

2016-01-25 23:16:49 | 日記

今朝5時頃、雨戸を開けると真っ黒な空に一つだけ

輝くような明りが見えたので、あんなところに電灯が

あったかしら?と思ってよく見ると後光が射すように

明るいお月様でした。

あまりの美しさに見とれてしまい、それから慌てて

頭を下げてお祈りしました。

かぐや姫でなくても、月に帰りたくなるような美しい

お月様でした。

明け方同じ月を見ていた方がいました。

作家の田口ランディさんです。

『ゆうべは冷えたね。寒くて四時頃に目が覚めて

外を見たらものすごく明るい。月の光で昼間みたいなの。

パワーのある夜だった。自然界のエネルギーが動いて

いたんだなあ。』と、ツイッターに書いていました。

辛いことも悲しいことも、お月様は全部見ていて下さる

そう思えるだけで、何か心が少し軽くなるのです。

「のんのさんいくつ 十三、ななつ」

まだまだ早いね~」

何だか意味が分かりませんが、子どもの手を

握りながら、お月様に向かって、わらべ歌とも

いえないこの歌を歌ったものです。

遠い昔のことだけれど、お月様は今も明日も

そしてこれからもずっと私達を見守っていて

くれています。

一人じゃないんだよって…

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子どもにとっての最後の仕事

2016-01-23 18:14:05 | 日記

ラジオや新聞に人生相談というがありますが、敢えて

聴いたり読んだりしようと思いませんでしたが、

新聞に回答者が高橋源一郎となっていたので、

最近読むようになりました。

今日の相談は81歳の母が、父が施設に入った後に父の

不貞を知り父に暴力を振るったり、母の暴走が止まらず

どのように母親に接すればよいかというものでした。

源一郎氏は、自分もギャンブル依存症で嘘つき父親が

大嫌いで亡くなった時も少しも悲しくなかったが、ある日

鏡に映った自分が父親にそっくりになったと気づいた

その瞬間、父親が自分を大切にしてくれた思い出が

蘇った、自分は不快な記憶だけを覚えていて、

愛に溢れた記憶を封印していたのですと…

源一郎氏は「あなたのお母様は、感情のみで動

子どものような世界に戻ってしまわれたのでしょう。

人は最後にみんなそんな世界に戻ってしまうのかも

しれません。でも、お母様が貴方たち子どもを

何よりも愛おしく思っていたことを忘れては

いけないように思います…

お母様の姿は未来の貴方の姿なのかもしれないの

です。

子どもにとって最後の仕事は、子どもに戻った自分の

親に対して、その親になることのような気がします。

子どもがどんなにバカなことをしても、親は決し

嫌いになったりしないでしょ。

だから、嫌わないであげて下さい。もうあなたにとって

子どもなんですから。」

源一郎氏のこの言葉が心の深みに降りて来て、

幼い子どものような母の顔が浮かんで来ました…

 

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生きるという信念

2016-01-21 23:09:09 | 日記

今日は大寒

自然は何て律儀なんだろうと思うほど、しっかり寒い

一日でした。

寒いけれど、陽は確実に延びていて寒さの中で

春遠からじを感じました。

どんな寒さの中でも、じっと耐え春の準備を黙々と

している植物はすごいな~と、つくづく思います。

 『生ゴミと一緒に土の中に埋められていた種が

 「生きる」という信念を持ったものだけ

 半年もの間、一心に準備しながら息づき、

 土を割って出てくるのです。

                佐藤 初女』

余りに便利で豊かな生活が当たり前になったので

何となく生きてしまっていますが、生きるという

信念を持ってこそ、その「生」が息づくのですね。

寒さの中で凜と咲く水仙の花を見ると

姿勢が正される気がします。

秋にあれほど美しく紅葉した葉を、全部落とし

丸裸になって冬に立ち向かう木々達の

潔さに、自分が小さく見えます。

初女先生は、確かに「生きる信念」を持って

生きています。

そうか、生きるという信念があるかどうかで

その「生」が変わってくるのか…

 

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言葉に出来ない感動

2016-01-20 23:22:28 | 日記

昨日で個展が終りました。

皆さんからもったいない程のお言葉を頂き

小田和正ではないけれど、「嬉しくて嬉しくて言葉に

出来ない…」私です。

私の知らない方も、作品の前で涙されていました。

下手でも、心に届く「書」が書きたいと思い

7ヶ月必死で書いて来ました。

その願いが届いたのでしょうか…

辛いことがあって落ち込んでいたけれど、

元気が出たと言って笑顔で帰って行かれた方…

80歳だけれど、貴方の書を見たら行動しなくちゃ

と思いましたと…

初めて「書」を見ましたが、「書」がこういうものだとは

思いませんでしたと、涙されていた方…

未熟な筆の向こうにある思いを、感じて頂け

私は嬉しさに、言葉が見つかりません。

ブログを見たと言われ、遠くからも来て頂きました。

本当に感謝一杯です。

亡くなった息子は「お母さんは、弱っちいから」と

心配していましたが、あの子がめぐり合わせて

くれた「書」の世界が、私を強くしてくれました。

皆さんから頂いた感動を、まだ言葉にすることが

出来ませんが、この感動を心に落とし、筆に

伝えて行きたいと思います。

また、精進して書いていきます!

本当に有難うございました。

 

 

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豊かな時間の中で

2016-01-18 08:30:24 | 日記

昨日は、長野や茨城からわざわざ個展を観に来て

下さった方もいて、もう感謝一杯です。

「母」を観て、亡くなられた厳しかった母を思い出した

という方…

「悲」の作品を前にして、自分の中に封印してしまった

悲をもう少しきちんと見つめないと先に進めないかも

と、思われたという方…

朝5時に家を出てきたという長野の方が

「祈」を見つめ「自分の為に祈るのは願いで、

人の為に祈るのが祈りだそうです…」と、呟かれた時

私の心に、その言葉がストンと落ちました。

初女先生の「祈りとは自分がないところのものだ」と

言うお言葉が蘇って来ました。

私は思わず「この言葉を私に伝えるために、

長野から来てくださったのではないかしら」と

言ってしまいました。

大切な気づきを頂きました。

初女先生をよく知るKさんが、作品から初女先生を

感じるよ!と言って下さいました。

まだまだ未熟な筆なのに、観て下さった方々の感性の

豊かさに支えられ、チカラを頂いています。

息子は「足1」・「足2」を観て、「何が、1とか2とかだよ

スターウォーズじゃないんだよ」と、呆れていました。

トホホホホです~

本当に沢山の方に観ていただき感謝です。

白楽通いも明日まで、この豊かな時間の中に

もっといたいけれど…

 

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