~空からの贈りもの~

「森のこもれび」の山崎直のブログです。

秋の空はいいですねー

2013-09-30 22:04:48 | 日記
今年の夏は、連日30度を超える暑さで、この暑さを押しのけて

秋はやって来るのだろうかと思いましたが、やっぱり自然は誠実で

次の季節を運んで来てくれました。

空は高く秋の空です。

今日はスタッフのNさんと、講演会の会場となる民宿に行きました。

また、初女先生にここに来て頂くのだと思いますと姿勢が

正される思いがしました。

初めて参加される人達の泊ることへの不安と期待が、電話の

向こうから伝わってきます。

十年以上も前に、初女先生の本を読み、会いたいと思っていたと

いう方…

初女先生の言葉や思いは、心の深い処に降りて来るので

何年経っての忘れられないものとなるのです。

初女先生が「三浦半島がどこにあるか、知らないの」と

言われながら、こんな遠くまで来て下さっていることに

感謝しかありません。有り難うございます。

空を見上げれば、そこにはどこまでも青い空が…

この空を初女先生も見上げているかもしれません。

昨日、北海道の定山渓で講演会を終えた先生

北海道のバトンは京都で講演会をやるKさんに

引きつがれ、そして京都のバトンを私が…

少しづつ動き出したイスキア家族

初女先生、お待ちしてまーす!
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作るのも・書くのも難しい

2013-09-28 20:01:20 | 日記
今朝、北海道のHさんから「今、先生と美容院にいます」と

メールをいただきました。

今日は、初女先生は定山渓でお泊り講演会です。

リアルタイムのメールに、初女先生のことを近くに感じることが

できました。

先生に思いを馳せながら、私は講演会の演題である

「おむすびの祈り」を筆で書く練習を一日中してました。

かな文字の難しさに閉口しながら、途中でもう無理と

投げ出したくなるのを踏ん張って…

先生のおむすびを思い浮かべながら書くのですが、

どんなに書いても、まあるい初女先生のおむすびには

ほど遠い字になってしまいました。

毎回、演題を書くのに四苦八苦するのですが、ここで

もがくのも、講演会への自分の心の準備となっていくような

気がするので、やっぱり書いてしまいます。

まるで、バクダンおむすびのような字の演題になりそうです。

おむすびは、作るのも書くのも難しいです。

やっぱり、本当に深いものだから…

「おむすびの祈り」は…

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もうすぐ10月

2013-09-27 20:06:23 | 日記
お彼岸が過ぎ、秋が少しづつ深まって来ている気がします。

気がつけば、10月になろうとしています。

10月は、息子の命日月。

そのせいだろうか夕方、学校帰りの中学生を見たら、普段は

何でもないのに、ふいに涙が出てしまいました。

私の中で、息子はどんどん大きくなっているのに、中学生の

姿を見た時、あの子はまだあんなに小さかったんだと、置いて来た

現実に引き戻された気がしました。

姿かたちを求めなければ、息子は直ぐ近くにいるのに、

命日が近づくと、会いたい思いが強くなり、わかっているのに

どこかで、息子の姿を求めてしまう自分がいます。

こんなに経っても…

わかっているのに…

今年も頑張ってこの10月を乗り越えないと

講演会に向けてやることは山積み、忙しさがまた私に

力を与えてくれるのかもしれません。

母さん、頑張るから…
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買ったおむすび

2013-09-26 21:46:27 | 日記
今日は、出がけにバタバタとしておむすびが作れませんでした。

デパ近で、久し振りにおむすびを買って食べたのですが、見た目は

美味しそうなおむすびでしたが、あまりの硬さにビックリしました。

初女先生は、おむすびを結ぶ時「お米のひと粒ひと粒が呼吸できる

ように」と言われますが、買ったおむすびは息も出来ないくらい

ぎゅっと結ばれていました。

初女先生におむすびを教えて頂いてから、ふわっとしてるけれど

崩れなくて、口のなかに入れるとご飯がほどける、そういう

おむすびを目指してきました。

なかなか、そんなおむすびはできませんが、それでも市販の

おむすびを食べてみると、ずっとふわっとしているのです。

お米が呼吸できるように、なんて思われるのは初女先生で

なければ考え及ばないことですね。

おむすび講習会で、「こんなに緊張しておむすび結んだの

初めて!」と言って自分で作ったおむすびを食べた時、みなさん

「美味しい!」と言って笑顔になるのです。

心を込めるとは、その食材に対しても心を込めること

なんですね。

久し振りの市販のおむすびに、初女先生のおむすびがどんなに

美味しいかを、実感しました。

11月のおむすび講習会の皆さんの美味しい笑顔が楽しみです。

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心の目をひろげてみれば…

2013-09-25 21:51:53 | 日記
「人は一人で生れて、一人で死んで行く」と言いますが、

これはちょっと違うのではないかと、最近思うのです。

確かに一人で生れてきますが、でもそれは痛みに耐えた母の

踏ん張りがあってのことです。

「生むぞ」という母の決意と「生まれたい」という子供の意志が

あって初めて誕生となるので、決して一人で生れて来るわけでは

ないように思います。

死ぬときも、確かに一人で覚悟して亡くなって行くようですが

私は、亡くなる時には必ず誰かが迎えに来るということを

本で読んだことがあります。

ですから、父がほとんど意識が無くなった時、私が

父の耳元で「お父さん、創が来てるでしょ」と、言った時

意識が無い父がハッキリと頷いたのです。

創はおじいちゃんが大好きだったので、私の父の臨終には

必ず、創が迎えに来ると信じていました。

やっぱり、息子は迎えに来てくれたのです。

このことを思うと、目に見える現象においては、一人でも

見えない世界まで心をひらいたら、一人で死んで行く人は

いないのかもしれません。

私たちの目は、大き過ぎても小さすぎても見えないのです

から…

孤独を感じ一人でいる時も、誰かが必ず寄り添っていて

くれるのかもしれません。

それは神様かもしれませんし、愛しい人かもしれません。

心の目をひろげてみれば…

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家族のカタチ

2013-09-24 07:22:09 | 日記
是枝監督の「そして父になる」の上映が待たれます。

是枝監督は、撮影で1カ月半ぶりに帰宅した翌朝、3歳の娘に

「また来てね。」と言われ、自分は「父親」から「また来る人」に

格下げになったと感じたそうです。

子供にとって血のつながりって、そんなに重くないんだ」と…

そのことが、親子に必要なのは「血」のつながりか、それとも

愛した「時間」なのかが、テーマとなりこの映画が生まれた

そうです。

子供が小さい時は父親も忙しい年齢にあります。

子供が寝ている時に帰宅し、目覚めないうちの仕事に

行ってしまうため、うちの主人も子供に「今度、いつ来るの」

と、言われショックを受けていましたが、そのことを

ここまで深く見つめるとは、さすが是枝監督です。

しかし、核家族が進み日本がこんなにガチガチの家族のカタチに

なったのは、近年のようです。

少し前までは、使用人がいたり居候がいたり、血縁でない者と

暮らすのが当たり前で、今よりずっとゆるやかな家族観が

あったといいます。

今よりも家族というものが、風通しがよかったのかもしれません。

きっとその頃は、引きこもりもなかったと思います。

今は引きこもりが長期化し、親が高齢化しより深刻な問題と

なっています。

もっとゆるやかな家族のカタチを、探していかないと

核家族が孤立化し、深い問題が現れにくくなってくると

思います。

監督は「もともと血縁のない夫婦から家族は始まって

いるんですよ」と、言われています。

血縁とは、何か決定的なものかと思ってましたが、

そうではないんだ…

初女先生が言われている地球家族は、これからの家族の

希望となるかもしれません。

11月の三浦の講演会での1泊も、小さな小さな

イスキア家族になるかもしれない…

私達は決して一人ではない、繋がっているのですね。
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何かがあなたを待っている

2013-09-21 18:35:09 | 日記
息子を亡くした後、自分の為には生きる気力はないけれど、人の

為なら生きられるかもしれないと思ったことがあります。

それを、その頃敬愛していた先生に話したら、「世の為人の為って

怖いんだよ、それで戦争に行ったのだから」と言われ、

打ちのめされたことがありますが、「夜と霧」を書いた

フランクルの思想に触れ、あの時の自分の思いは自然なもの

だったのかもしれないと、思えるようになりました。


 『どんな時も、人生には意味がある。
 
  なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。

  この人生のどこかに、あなたを必要とする「何か」がある。

  あなたを必要とする「誰か」がいる。

  そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見され実現

  されるのを「待って」いる。

  「何か」があなたを待っている。

  「誰か」があなたを待っている。

   私達は、常にこの「何か」「誰か」によって必要と

  され「待たれている」存在なのだ。だから、たとへ今が

  苦しくても、あなたがすべてを投げ出す必要はない。

  あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か

  人生に「イエス」ということの出来る日が必ずやってくるから。

  いや、たとへあなたが人生に「イエス」と言えなくても

  人生のほうからあなたに「イエス」と光を差し込んで

  くる日が、いつか、必ずやってくるから。』

何と、深い言葉でしょう…

人生のどん底の苦しみにあった時、自分の為に生きるのは

もういい。

この悲しみを背負って、それでも生きろと言うなら

人の為には生きられるかもしれないと思ったのです。

これは、誰もが持っている人間の根源あるものかも

しれません。

偽善という言葉では払拭出来ない、深いものだと、

フランクルの言葉で知りました。  

   
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お月さま

2013-09-19 21:45:12 | 日記
今夜のお月さまの美しさは、言葉で表せない程です。

満月の十五夜だそうです。

神々しいばかりの美しさです。

あまりの美しさに立ちつくしていたら、お月さまも私をじーっと

見ていて下さる気がしました。

アンデルセンの「絵のない絵本」ではないけれど、ずーっと

ずーっとお月さまに見守られて来たように思えるんです。

もの心ついた時から…

人知れず泣いた涙も、お月さまだけは知っていたような…

一心にお月さまを見ていたら、お月さまが笑っているように

みえました。

何だか、丸い顔の息子が私に笑いかけてくれているような…

「大丈夫だよ、お母さん」って…

遙か遠くのお月さまが、とても近くに感じられ、そしてその

お月さまに息子が重なるのです。

見ていると涙が出るほど美しいお月さまでした。

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隣の神様

2013-09-18 20:59:01 | 日記
昨日、ぶどうを買おうと思い、八百屋さんを覗いてみましたが

ちょっと高く、買うという決断は出来ずに帰って来ました。

ところが、近所の家庭教師のバイトを終えた息子が、生徒さんの

お母さんにもらったと、私が買おうとしたぶどうを持って

帰って来たのです。

そこの八百屋さんの果物は、高いけれど美味しいのです。

私は、手渡されたぶどうを見ながら、神様はこんな小さな

願いまで聞いて下さるんだ。

何だか隣の神様が、ぶどうを運んで来てくれたような

そんな気持ちになりました。

ふっと思ったこんなことまで叶えて下さるなら

遙かに深刻な問題は、聞いて下さらないわけがない

たとえ時間がかかっても…と、思えたのです。

隣の神様はぶどうだけでなく、私にささやかな待つチカラを

与えてくれました。

隣の神様、あなたに励まされちょっと元気になりました。

ありがとうございま~す!

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大きな大丈夫

2013-09-17 21:44:45 | 日記
私の住んでる処は山も海もありますが、それでも自然と共生なんて

言われると、自分の生活は自然と離れた処にあるような気がして

面映ゆい気がします。

でも、深い悲しみを抱えている時、自然の営みにどれほど助けられ

たかしれません。

子供を亡くし、悲しみに潰れそうになっていた時も、何があっても

巡ってくる四季に、励まされたものです。

私は空を見るのが好きで、よく空を見上げます。

特に夕暮れの空がすきです。

台風が去った後の今日の空は、一段ときれいでした。

どんな優れた画家が描いたとしても、自然のつくりだす美を

超えることは出来ないだろうと、思えるのです。

何て美しい空だろうと思った時、心の深みにある悲しみや

苦しみが、ふわっと軽くなり、何か大いなるものに

守られているように感じ、こんなに美しい空の下で

生きているのだから大丈夫、何があっても大丈夫!と

思えるのです。

今日の空に、大きな大きな大丈夫を頂きました。

ありがとう!心が少し軽くなりました。

明日も晴れだね…
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