先日、久し振りに岩波ホールへ行き「楽園からの旅人」という映画を
観てきました。
偶然にも、小さな森東京のYさんご夫妻と、こもれびのスタッフの
Nさんともお会いし一緒に観ました。
何とも深い映画で、観終わった時の感想は
「うーん、よく分からない」でした。しかし、何かを心に残された
気がして、珍しくパンフレットなどを買いました。
観た時の未消化が、時間が経つと少しづつ発酵して来たのです。
82歳の監督が、全生涯をかけて放った祈りのような作品でした。
観てすぐに分からなかったのは、私の未熟さゆえにだった
ようです。
エルマノ・オルミ監督は映画を通して祈り、初女先生は
おむすびを通して祈る…
共に、礼拝というかたちではありませんが、この祈りの深さが
私たちが、これから生きていく道を指し示してくれているような
気がしました。
地球の発熱を思わせる、異常な暑さ。
そして、この地に起こった大震災と原発事故
誰もが、一昔前の様に、昨日の続きに今日があり
そして、当たり前のように明日が来るとは、思えない事が
起こっています。
何となく生きていける時代ではなくなっているのかも
しれません。
その中で、この今をどう生きるのかを、82歳のエルマノ監督と
91歳の初女先生が動の祈りの中で、示して下さって
いるのかもしれません。
この映画には「通り抜けること」「渡りきること」という
ギリシア語の副題がついているそうです。
パンフレットには『これは(この副題は)この映画の
ストーリーそのものである。
一体我々は、これからどこへ行こうとしているのか
いま何を通過しているのか。ここを脱し切った時
どこへたどり着くのか。現代人の不気味な運命を
超えた先をも示唆している様に思われるのである。』と
書いてありました。
出来たら、もう一度観たい映画です。
観てきました。
偶然にも、小さな森東京のYさんご夫妻と、こもれびのスタッフの
Nさんともお会いし一緒に観ました。
何とも深い映画で、観終わった時の感想は
「うーん、よく分からない」でした。しかし、何かを心に残された
気がして、珍しくパンフレットなどを買いました。
観た時の未消化が、時間が経つと少しづつ発酵して来たのです。
82歳の監督が、全生涯をかけて放った祈りのような作品でした。
観てすぐに分からなかったのは、私の未熟さゆえにだった
ようです。
エルマノ・オルミ監督は映画を通して祈り、初女先生は
おむすびを通して祈る…
共に、礼拝というかたちではありませんが、この祈りの深さが
私たちが、これから生きていく道を指し示してくれているような
気がしました。
地球の発熱を思わせる、異常な暑さ。
そして、この地に起こった大震災と原発事故
誰もが、一昔前の様に、昨日の続きに今日があり
そして、当たり前のように明日が来るとは、思えない事が
起こっています。
何となく生きていける時代ではなくなっているのかも
しれません。
その中で、この今をどう生きるのかを、82歳のエルマノ監督と
91歳の初女先生が動の祈りの中で、示して下さって
いるのかもしれません。
この映画には「通り抜けること」「渡りきること」という
ギリシア語の副題がついているそうです。
パンフレットには『これは(この副題は)この映画の
ストーリーそのものである。
一体我々は、これからどこへ行こうとしているのか
いま何を通過しているのか。ここを脱し切った時
どこへたどり着くのか。現代人の不気味な運命を
超えた先をも示唆している様に思われるのである。』と
書いてありました。
出来たら、もう一度観たい映画です。