新聞に、「食育の講演会」というのが載っていました。
食育ということでは、初女先生もそのことでよばれて講演したことが
あると言っていたので、どんな講演会かしらと、よくよく新聞を
読んでみたら、なんとサプリメントに関する「食育」とあり、
驚いてしまいました。
食育の意味が分からなくなってしまいました。
私は、新聞をひらくとどうしても子どもの死が目に飛び込んで来て
しまいます。
最近、虐待による死のあまりの多さに辛くて、新聞を閉じてしまうことが
あります。
この国が、貧しかった頃は、親は自分は食べなくても子どもに
食べさせたいと思ったし、そうしてきました。
子どもに何かあった時、親は自分の命に替えても子どもを守りたいと
思うものです。
でも、豊かになったこの国では、虐待が増え続け養護施設はどこも
満杯状態だそうです。
虐待の実態をみると、虐待している親もまた、子どもの時に虐待されて
いた、ということが多いそうです。
虐待している親も、それがいいことだとは思ってなのに、なぜ止められ
ないのでしょう。そして、なぜ虐待は増え続けるのでしょう…
初女先生は、「おなかを痛めて産んだわが子を、どうして虐待したり
食べ物を与えなかったり、ということが出来るのでしょう。
子どもが言う事をきかないから、というのを聞くと、なお更「食」の
大切さを感じます。
食というのは、ストレートに心に伝わるものですから、食べて、
「おいしい」と感じたときに、脳細胞が働くのです。
ですから、言葉でいくら話しても、きちんとした食事を与えなければ、
魂には響かないのです。
親はたった一品でもいいから、食材を「いのち」として捉え、美味しく
食べられるように作ることが大切なのです。
おいしいと思うことで、生きる力が出てきます。
こんな日常の簡単なことに気づけば、辛いニュースも少なく
なるのではないでしょうか。」と言われています。
でも、管理栄養士さんによるサプリメントの食育の講演会が開かれる
という事は、「食はいのち」が分かってない人達がたくさん
いるということですね。
野菜やお魚お豆さん、みんなが喜んで自分のいのちを差し出し、
そのいのちを、いのち一杯生かす、初女先生のお料理を、その調理の
心をどうやって伝えていったらいいのだろう…
食育という言葉が生まれ、食の大切さが言われるようになってきたが
どこかが違っているような気がしているのは、私だけだろうか…
食育ということでは、初女先生もそのことでよばれて講演したことが
あると言っていたので、どんな講演会かしらと、よくよく新聞を
読んでみたら、なんとサプリメントに関する「食育」とあり、
驚いてしまいました。
食育の意味が分からなくなってしまいました。
私は、新聞をひらくとどうしても子どもの死が目に飛び込んで来て
しまいます。
最近、虐待による死のあまりの多さに辛くて、新聞を閉じてしまうことが
あります。
この国が、貧しかった頃は、親は自分は食べなくても子どもに
食べさせたいと思ったし、そうしてきました。
子どもに何かあった時、親は自分の命に替えても子どもを守りたいと
思うものです。
でも、豊かになったこの国では、虐待が増え続け養護施設はどこも
満杯状態だそうです。
虐待の実態をみると、虐待している親もまた、子どもの時に虐待されて
いた、ということが多いそうです。
虐待している親も、それがいいことだとは思ってなのに、なぜ止められ
ないのでしょう。そして、なぜ虐待は増え続けるのでしょう…
初女先生は、「おなかを痛めて産んだわが子を、どうして虐待したり
食べ物を与えなかったり、ということが出来るのでしょう。
子どもが言う事をきかないから、というのを聞くと、なお更「食」の
大切さを感じます。
食というのは、ストレートに心に伝わるものですから、食べて、
「おいしい」と感じたときに、脳細胞が働くのです。
ですから、言葉でいくら話しても、きちんとした食事を与えなければ、
魂には響かないのです。
親はたった一品でもいいから、食材を「いのち」として捉え、美味しく
食べられるように作ることが大切なのです。
おいしいと思うことで、生きる力が出てきます。
こんな日常の簡単なことに気づけば、辛いニュースも少なく
なるのではないでしょうか。」と言われています。
でも、管理栄養士さんによるサプリメントの食育の講演会が開かれる
という事は、「食はいのち」が分かってない人達がたくさん
いるということですね。
野菜やお魚お豆さん、みんなが喜んで自分のいのちを差し出し、
そのいのちを、いのち一杯生かす、初女先生のお料理を、その調理の
心をどうやって伝えていったらいいのだろう…
食育という言葉が生まれ、食の大切さが言われるようになってきたが
どこかが違っているような気がしているのは、私だけだろうか…