【我が家にハナミズキは無い。隣の庭の花を借景しております。】
昔から、ハナミズキの名前は知っていた。
でも、初めて目にしたのは忘れもしない15年前だ。
歌のタイトルでも、時々耳にした。
でもどんな花かは知らなかった。
15年前、ボランティアで地域の「教育収蔵庫」の庭の
草刈りをしていると、この世のものとは、
思えない美しい花にめぐりあった。
地元の長老の何でも博士が、「あれはハナミズキ。」と
教えてくれた。そしてそれは、彼が植えたと言うことだった。
ハナミズキは昔、アメリカヤマボウシと呼ばれ、
植物園に植栽されている程度であった。
それを、長老は苗木の値段が高価にもかかわらず
教育の森に相応しいと植えたと言うことだった。
しかし、そこは排水も悪く「教育収蔵庫」の湿気も悪くなる
ということで、コンクリートの庭にしてしまった。
彼はもう故人。それを知ったらさぞ悲しんだだろう。
ところが、最近。我が地域でもハナミズキは、
広く庭園、街路樹などとして植栽されるようになってきた。
この花。種小名の florida に示されているように、
アメリカの東部海岸からメキシコにかけて分布するそうだ。
ワシントンのポトマック河畔に植栽されている
ソメイヨシノの返礼として日本にもたらされた
ということをネットで知った。
我が家でも、松くい虫で枯れた松の跡地に
ハナミズキを今年植える予定をしていた。でも止めた。
今年、近所を歩いてみるとハナミズキのオンパレードだ。
特に、新築した家。西欧風の家の庭には
必ずと言っていいほどハナミズキの木を植えている。
それが一斉に咲き出したんだから
すっかり日本の花となった。
サクラを楽しんだ後はハナミズキだ。
だから、我が家にハナミズキはなくとも
隣も我が庭に見立て、ハナミズキの花を
楽しんでいるのだ。
【私の隣町に↓、ハナミズキ通りなるものまで出現したよ。】
歌では、一青窈さんの「ハナミズキ」 あまりにも有名。
ところが、私がハナミズキを知った頃のこの歌も大好きだ。
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『花水木《ハナミズキ》』 作詞・作曲*槇原敬之
最後のデートも
同じ場所で待ち合わせよう
花水木の通りの終わり
線路沿いの空地でハザード出してるよ
何かを見つけた
子供のよに 指をさして
こいのぼりのようだと言ってた
ペインターをぼくは選んで 履いた
5月でまた1つ年をとり
大人になった気分でいたけど
愛してる人に愛してることを
伝えきれないようじゃ
まだまだ だめかもしれない
君の幸せを
はかれるものが もしあったなら
世界中のどこでも
僕はまだきっと探しに行く
2人でどこかへ
行くことに慣れてきても
すぐに車に乗り込まないで
運転席の僕を確かめにきていた
気がつけば今も
窓をあけてずっと待ってる
しばらくは まだ君がのこした
小さなくせで思いだすかも
うれしそうに笑う君の顔が
いつでも僕の自慢だったけど
さよなら言うことに迷いつづけて
つかれてるのに笑ってくれた
君は僕の誇り
最後のデートも同じ場所で
待ち合わせよう
新しい地図を君にあげるよ
今日が最後のナビゲイター
花水木の通りの終わり
線路沿いの空地で ハザード出してるよ
■回■■回■■回■■回■■回■■回■■回
青春だね。失恋の歌なのにネ。花水木の言葉がポイントだ。
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【この風景。まるでこの歌の詞に出てくるような感じであります。】