電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

安田祐輔『暗闇でも走る』を読む

2018年09月12日 06時05分45秒 | -ノンフィクション
講談社から春に刊行された単行本で、安田祐輔著『暗闇でも走る』を読みました。不遇な家庭環境で育ち、発達障害のある若者が、様々な偶然と本人の真摯な葛藤・努力で大学に入学、なんとか就職できた総合商社も数カ月でうつ病を発症してしまいます。なんともはや、不遇で不器用な人生ではありますが、逆に自分の mission を見つめることで不登校・中退者の塾を立ち上げ、「やり直しのできる社会」を目指す、という流れです。



たぶん、若い頃の自分であれば、著者個人の葛藤や努力に注目し、自分の生き方の参考にしようと考えたことでしょう。でも今は、著者を取り巻く周囲に、様々な企業や団体、グループや個人が存在したことの幸いを感じてしまいます。たぶん、勉強をして一時的に社会の階層を上昇したために、暴走族の使い走りをさせられたり、理不尽な思いに悩まなくても良い、集団に所属することができたのではないか。また、東北の片田舎で同じような不遇に悩む若者が、同じようにタイムリーに機会をつかむことはかなり期待薄なのではなかろうか。例えばリハビリを兼ねた家庭教師の仕事が始められた背景には、都市部の人口密度の高さや「社会起業家のためのビジネスコンテスト」などに応募可能な仲間の得やすさなど、客観的条件の面において恵まれていたと感じます。



とは言いながら、優れた洞察に満ちた言葉を、周囲や先人の著作の中から選びとっていることに、さすがだなと感じます。たとえば

「仕事には Labor, Work, Mission の3つの面があるんだ。Labor はお金を稼ぐために働くということ、Work は自分の好きなことで働いていくということ、Mission は自分がこの社会でやるべきだと思うことを仕事にしていくということ。人それぞれで仕事に求めるものは違うし、そこに優劣はないけれども、安田君はミッションを求めているんだね。」(p.137、ICU で卒論を担当した毛利勝彦教授の言葉)
「社会の中で不遇な立場にある人の利益を最大にする」ことを"正しさ"とする ジョン・ロールズの政治哲学
「不登校・中退者・ひきこもりの若者たちに必要なのは、物語を紡ぐことだと思うんです」(人は物語を紡ぐ存在:ICUの1年生、名川航太郎の言葉)
「幸福」は他者との比較では生まれないかもしれないが、「不幸」は他者との比較の中で生まれてしまう (p.126)
「人間はどんなに貧しくても『お金や暮らし向き』によってではなく、『尊厳』のようなものによって生きている」 (p.126)

などです。
そして、とりわけ次の祈りの言葉:

神よ
変えることができるものについて
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることができないものについては
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを
識別する知恵を与えたまえ。
  -----訳:大木英夫
  (ニーバーの祈り:アメリカの神学者ラインホルド・ニーバーの言葉)

が、強く心に残りました。

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