電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

動力刈払機の刃を交換し、新型機を追加購入する

2010年08月16日 06時03分20秒 | 週末農業・定年農業
梅雨時から夏にかけて、果樹園の草刈りが一番たいへんな時期です。週末農業では、草が伸びる速さに負けてしまい、芝刈機のような動力草刈機には適さない草丈になってしまいます。こうなると、あとは回転する刃で草刈りをすることができる動力刈払機で、園地の隅から隅までまんべんなく刈払いするしか手がなくなってしまいます。収穫後の追肥のためにも、草刈りは必須です。

今まで使っている機械は、共立の JAKE24U という古い機種で、たしか近所では一番早く導入したはず。亡父はまめに手入れをし、自分で刃交換もしていましたが、週末だけの兼業農業後継者である当方は、刃の交換も初体験です。妻も二台目を購入したらと言うので、一緒にJAに行き、刃の交換と新機種の追加購入をお願いしました。

まず、刃交換の方法から。

(1) 機械をひっくり返し、刃の裏側を上にします。
(2) 刃が回転しないように、足先で地面に固定して、13番のラチェットレンチで逆ネジで緩めます。(右に回すと緩む。)
(3) 新しい刃の印字面が下になるように(実際に使う時に印字面が上になるように)取り付けます。これを逆にして、切れないと苦情を言ってくるケースが結構あるそうです。
(4) 逆ネジで締め付け、固定します。(左に回すと締まります。)
(5) 動作を確認します。

なお、刃交換の際に、回転を伝えるカムにグリースを補給してやるとよい、とのことでした。

次に、新型機の購入です。同一メーカーのほうが操作性が共通で何かと都合が良いとのことで、共立の SRE2650UG という機種を購入しました。お値段は 39,900円。混合油を満タンにつめてくれて、たいへんありがたい。いつも点検修理をお願いしているので、アフターも安心です。実はこの新型機、排気量が 26cc ということで、24ccの従来機よりもほんの少しだけアップしただけなのですが、ずいぶんトルクが強く感じられ、木の根にぶつかったりすると、ビョン!とはね返される勢いも一段と強いものがあります。周囲に人がいないことを確かめて作業する必要がありそうです。



で、新しい刈払機を実際に使ってみると、たいへんに快適で、草刈り作業が楽しくなりそうです(^o^)/
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泉流星『僕の妻はエイリアン』を読む

2010年08月15日 06時02分11秒 | -ノンフィクション
いや~、おもしろいです!一気に読んでしまいました。泉流星著『僕の妻はエイリアン』(新潮文庫)です。もちろん、妻が本当に異星人なのではなくて、要するに高機能自閉症とかアスペルガー症候群などと呼ばれる広汎性発達障害を持っている奥さんの、かなり異質な思考や行動・感情のパターンを異星人に喩えているわけです。そして夫君は、どうやら典型的な理系のエンジニア。異星人的妻とエンジニア夫の組み合わせが、面白くないはずがない(^o^)/

わが娘がお嫁に行くとき、父親(私)は「恋は情熱だが、愛情は理解と忍耐だ」などという言葉を贈りました。その点から言えば、この夫婦の出会いと結婚は、お互いに惹かれあうものがあったからでした(「妻が妻になった理由」p.80~)。でも、その後の生活は悲惨の一語。環境の変化に弱いアスペルガー傾向の妻は、新婚生活での環境の激変に耐えられず、アルコール依存症に。救急車で運ばれ危篤状態になりますが、依存症の専門医に相談し、不安や緊張をやわらげる方途を探るうちに、高機能自閉症なのではないかと思い至ります。で、検査と診断は、まさにドンピシャリ。そこから夫婦共に異星人と地球人の異文化交流の生活が始まります。この経過は、まさに「理解と忍耐」です。異星人妻の努力もすごいし、夫君もエライ!

異星人妻には、「どこかで一度ウマイものを食べると、その味を記憶することができる」とか、地図をそっくりそのまま画像として記憶することができるとか、特異な能力もあるようです。辛抱強い夫に「なついて」いるゴロニャン猫系エイリアン妻、当事者でない限り、傍目にはけっこう良い夫婦に見えますね~(^o^)/

なお、異星人妻さんは、こちらにご自分のサイトをお持ちのようです。
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お盆のお買い物

2010年08月14日 05時56分33秒 | 手帳文具書斎
お盆です。寺や親族をまわると、その家の家族が久しぶりに帰省していたりして、顔を合わせます。まだまだ元気そうではありますが、お互いに少しずつ年を取っているのがわかります。新盆の家では、とくに訪問する人数も多く、近況やら法事の際のお礼やらを含めて話題が尽きませんが、なんとか途中で切り上げて、次の家を訪問します。午後三時すぎにまわりはじめて夕方までかかり、ようやく恒例の行事を終えました。

そうそう、お盆の買い物に出かけた際に、ちょいとうれしい買い物をしていますので、記録を兼ねてご紹介。

(1) バイブルサイズのシステム手帳(ダ・ヴィンチ)
(2) 竹内敬人『人物で語る化学入門』(岩波新書)
(3) 泉流星『僕の妻はエイリアン』(新潮文庫)

今まで1年と少し使ってきた無印良品のナイロン製バインダー(*)が、手垢がついて汚れてきたのと、フォーマルな場で使うにはさすがに貧弱に見えてしかたがないので、人工皮革なのでしょうか、茶色のバインダーに交換しました。年齢相応に、少しは日本経済に貢献しましょう(^o^)/
『人物で語る化学入門』のほうは、とくに現代の化学史のほうに関心あり。『僕の妻はエイリアン~「高機能自閉症」との不思議な結婚生活』は、アスペルガー症候群の妻が、夫との生活について夫の視点で書いた話とのことで、なかなかおもしろそうです。これをパラパラと読んでいると、一種の「おさななじみ結婚」であるわが夫婦のすれ違いなどは、まだまだかわいいものだなぁと思ってしまいます。

写真には、ほかに岩波の「図書」の8月号が写っていますが、『居眠り磐音江戸双紙』シリーズの著者・佐伯泰英氏が、岩波茂雄の別荘であった熱海の「惜櫟(せきれき)荘」を修復保存する話が連載されているようです。

(*):手づくりブックカバーを洗濯、ついでにシステム手帳も模様がえ~「電網郊外散歩道」2009年5月
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ちょっと!森田さん!~「新潟と秋田の県境」って?

2010年08月13日 06時02分45秒 | Weblog
さる8月11日の水曜日、迷走する台風4号の情報を得ようと、ラジオを付けましたところ、「日本全国八時です」の水曜日・お天気担当:森田正光さんが、とんでもない発言をしておりました。台風四号は東に進路をとり、なんと「新潟と秋田の県境」付近で東北地方に上陸する見通しだと言うのです。

スモモに集まる羽虫を狙っていたアマガエルが言いました。

ちょっと!森田さん!「新潟と秋田の県境」って、それどこの国の話なの?山形県庄内地方を忘れているんじゃないでしょーね!もしかしたら、森田さんが使っている地図は「バカ世界地図」(*)?


冗談はともかく、台風の進路にあたった東北地方の日本海側、とくに山形県では、12日の木曜日の日中に台風がかすめて行きました。あまり大きな被害がなかった内陸地方では、カラカラ天気が続いた畑に恵みの雨となったことでしょうが、直撃を受けた地方では大変だったことでしょう。いつかの「リンゴ台風」のような被害が出ていないことをお祈りいたします。

(*):「バカ世界地図」から日本→山形を見る
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ご縁のない遊び

2010年08月12日 05時59分25秒 | Weblog
当方のような中年オジンには、ご縁のないことはたくさんあります。色恋沙汰とは無縁ですし、一攫千金とも権力闘争とも無縁ですが、そんなことではなくて、もう少し下世話な話です。

若い頃、貧乏学生の時分にはまるで縁のなかったパチンコに、職場の仲間内で出かけることになりました。当方、当時は病気療養中の親に仕送りをしている身分でしたので、一応付き合いはしたものの、ほんの数分、小銭の範囲であってもお金が惜しい。「ちょっと散歩してくるよ」と言って近くの書店に移動し、文庫本や新書本を物色しておりました。たしか、当時は岩波新書が黄版の時代で、1冊180円くらいだったかな。パチンコ代で、数冊は買えたのではないかと思います。ヒルトンの『心の旅路』(*)を見つけたのは、たしかこの頃のはず。

当方、以後パチンコには縁がなく、少し懐があたたかくなると書店とレコード店方面を渉猟しておりますが、最近は書店もレコード店も、ほんとに少なくなりましたね~。パチンコ屋は相変わらず繁盛しているようですが(^o^)/

(*):ヒルトン『心の旅路』を読む~「電網郊外散歩道」2007年5月
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マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(4)

2010年08月11日 06時02分47秒 | -外国文学
大久保博訳の角川文庫で、マーク・トウェイン著『アーサー王宮廷のヤンキー』の続き(*)です。

第31章「マルコ」、第32章「ダウリーの屈服」、第33章「六世紀の政治経済学」、第34章「ヤンキーと国王、奴隷として売られる」、第35章「哀れな出来事」。
 中世のイングランドの庶民生活をお忍びで見学するアーサー王とヤンキー君、庶民の階級意識と卑屈さ、とくに上の者にへつらい、下の者に冷たい様子を目の当たりにして、いささか後味がよろしくないようです。「六世紀の政治経済学」問答では、自分の頭で考えず、お題目を繰り返すだけ、という特徴が描かれますが、ちょいとやりすぎた上に、アーサー王が妙ちきりんなことを言い始めたものだから、すっかり疑われ反発され、追われる身となってしまいます。助かった!と思ったら、一難さってまた一難。なんと二人は奴隷の身に。自分は自由民であり奴隷ではないことを証明できないなら奴隷だ、というのは困った法律ですね、王様!しかし、アーサー王は、自分が七ドルの価値しか付けられなかったこと、ヤンキー君よりも安かったことに、いたく自負心を傷つけられた様子です。奴隷の行進の途中には、吹雪の夜に魔女とされた女が焼き殺される火でようやく体をあたためたり、夫を攫われ、飢えて乳が出なくなった若い母親が、赤子のためにリネンの布を一枚盗んだ罪で絞首刑になったりするなどの出来事を経験するのです。

第36章「暗やみの中での衝突」、第37章「恐ろしい苦境」、第38章「救援に駆けつけたサー・ラーンスロットと騎士たち」、第39章「ヤンキーの、騎士たちとの戦い」、第40章「それから三年後」。
 奴隷としての辛い旅をして、ようやくロンドンに到着します。夜、騒ぎを起こして逃亡しようとしますが失敗、王様とはぐれて牢屋に捕えられてしまいます。が、なんとか言い逃れて保釈、電信電話線をたどってロンドンの電話局を探り当て、クラレンスに、王と二人が遭遇している危難について告げます。その後、街で自分が見つかってしまい、逃亡奴隷として処刑されるハメに。アーサー王の方が先に絞首刑になりかかったところへ、間一髪、サー・ラーンスロットらの騎士の一団が、銀輪をきらめかせて自転車で到着します!見せ場ですね~(^o^)/
作者のホラ話は絶好調で、意地の悪い騎士サー・サグラムアとの一戦は、重戦車のごとく突進する騎馬の騎士vs投げ縄で迎え撃つヤンキー君との対決です。いやはや、マーリンが投げ縄を隠したりしなければ、根性悪サー・サグラムアも、デリンジャーの餌食にまではならずにすんだはずでした。それから三年後、遍歴の騎士制度を崩壊させたヤンキー君は、学校、鉱山、工場、電信、電話、蓄音機、タイプライター、ミシン、蒸気船、鉄道など、19世紀の文明を一気に花開かせます。このあたりは、エンジニアという主人公のヤンキー君の想定が生きていますね。
後半、全然登場しなかったサンデーは、なんだか厄介なおしゃべり女ではなくなり、二人の間には愛娘「ハロー・セントラル」が生まれていて、病気をしたときなど、たいへんな子煩悩パパぶりを見せています。話はここらでハッピーエンドにすることも可能でした。でも、作者はハッピーエンドにはしない。

第41章「破門」、第42章「開戦!」、第43章「サンド・ベルトの戦い」、第44章「クラレンスによるあとがき」、「M.T.による最後のあとがき」と続く意外な結末は、読者のお楽しみといたします。トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンが、明るく陽気な物語というだけのものではないように、本書もまた、風刺の陰には怒りとペシミズムが基調にあるようです。

(*):マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(1),(2),(3)~「電網郊外散歩道」
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セル指揮クリーヴランド管による新旧の「ザ・グレート」を聴く

2010年08月10日 06時05分43秒 | -オーケストラ
シューベルトのハ長調の大交響曲、番号で言うと第9(8)番、いわゆる「ザ・グレート」について、ジョージ・セルは、クリーヴランド管弦楽団を指揮して、1957年のCBSと1970年のEMIと二種類のステレオ録音を残しています。これまで、長らく1970年の録音をLPで聴いてきました(*)が、近年、57年の旧録音が公共の財産として公開されたのと、70年の録音のCDを入手したのを契機に、この二つの録音をあらためて聴いてみました。

参考までに、演奏データを示します。
■EMI録音(1970年)
I=14'07" II=14'21" III=9'38" IV=11'34" total=49'40"
■CBS録音(1957年)
I=13'26" II=13'33" III=9'04" IV=10'24" total=46'27"

ちなみに、EMI録音のほうはCDの表記により、CBS録音のほうは、RhythmBox のタイムデータから無音部分を補正したものです。LPの表記はトラックごとの時間を表していたのか、少しずつ違いがあるようです。

ごらんのとおり、両者を比較すると、テンポの変化が大きいことが第一印象です。全体としては、晩年の録音の方が、ゆったりとしているほか、劇的な効果も印象を強めています。しかし、インテンポのリズムの刻みは精密で、きびきびした、ひじょうに推進力に富む演奏であるという特徴は変わりません。



長い間、音楽を聴いてきましたが、若い頃は、速めのテンポでダイナミックな演奏を好みました。年齢とともに、基本的には速めのテンポで活力のある演奏を中心としながらも、ときにはゆったりとしたテンポで語りかけるような演奏にも魅力を感じるようになりました。
このことは、演奏家のひいきにも影響があり、カール・ベームの指揮するモーツァルトの「レクイエム」などは、モノラルの旧盤(FG50)の緊迫感を評価しておりましたし、たぶんセルのシューベルトも、若い頃ならば旧録音の緊迫感と集中力に満ちた演奏の方を高く評価しただろうと思います。しかしながら、50代後半も残り少なくなってきた今、1970年の録音に聴くセル最晩年の音楽が、必ずしも弛緩したとか病気による衰えが見えるとは感じられません。

ピアニストや声楽家などとは異なり、指揮者は直接自分が音を出すわけではありません。棒を振れないほど衰弱していたら、そもそも立っていること自体が容易でないはず。演奏するのは(相対的に)若く活力のあるプレーヤーであり、指揮者はそれを組織立てコントロールする役割かと思います。亡父の晩年を見ていると、本当に衰弱するまでは、物の考え方の基本にゆらぎはありませんでした。ただし、物事の感じ方、受け止め方には変化があり、当たり前の日常に価値を見出すようになっていたと思います。

セルの「ザ・グレート」のテンポが大きく変化したのは、自分のオーケストラが、駆り立てなくても望みの性能を発揮してくれるようになっていたという事情も大きいでしょう。それとともに、年齢的に、速いテンポでぐいぐい押していくよりも、若い頃に呼吸した後期ロマン主義的な音楽、そしてそれを否定する形で直截な表現を目指してきたものの、ふと感じる親しみ深さや懐かしさなどの感情を取り入れて、十全に表してみたいと考えるようになったためではないか、と感じました。基本的に、推進力・活力にあふれる音楽ではありますが、ふと振り向いたときに見える懐かしい風景や人々の姿、そんなものも感じさせる演奏に変化しているように思います。

そうそう、旧録音のほうは、ウォークマンE で週末農業のおともとして、剪定をしながら聴くにはちょうどよいテンポです。伸びすぎた枝や新梢をパチンパチンと切り、混雑しすぎた枝をノコギリでゴリゴリと切り落とすには、リズムがいかにも活動的で、思わず鼻歌まじりです。「天国的な長さ」? はて、当方の農作業には、小休憩までちょうどよい長さです(^o^)/

(*):シューベルト「交響曲第9番」を聴く~「電網郊外散歩道」2006年5月
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これから帰省される皆さま、どうぞお気をつけて

2010年08月09日 06時02分50秒 | アホ猫やんちゃ猫
いよいよお盆が近づきました。お盆といえば、当方も関東地方在住だった若い頃には、妻とともに東北道を一路山形目指して走ったものでした。暑い時期には、なかなか大変なイベントだったように記憶しています。この週末には、高速道路のポッキリ料金にあやかろうと、おそらくかなりの渋滞が出たのではないかと思います。でも、なんといっても帰省ラッシュの本命は、これからのお盆直前期とお盆明け直後の時期でしょう。そんなに混雑するなら、帰省しなければいいとはいかない事情がおありの方々も少なくないことでしょう。親が高齢なので、今帰省しておかないと、元気な顔を見られなくなる心配があるとか、故郷へ急ぐにはそれぞれの理由があるのだと思います。どうぞこれから帰省される皆様、お気をつけてお帰りくださいますよう、お祈り申し上げます。

さて、昨日はあまりの暑さに音を上げ、打ち水をしようと井戸水のポンプにホースをつなぎ、なんとも無駄に広い田舎家の庭に散水しておりました。そうしたら、にわかに空が曇りはじめ、いきなり雷が鳴りだし、亜熱帯のスコールのような激しい夕立が。老母いわく、「珍しいことをするからだよ」。いやいや、雷神がワタクシの苦労を憐れんでくれたものと理解しております(^o^)/

すると、早々と家の中に退避していたアホ猫いわく、「人間なんて、トロイからなぁ」だそうで。うーん、今日は反論できん(^o^;)>poripori


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マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(3)

2010年08月08日 06時01分34秒 | -外国文学
角川文庫版、大久保博訳、マーク・トウェイン著『アーサー王宮廷のヤンキー』の続き(*)です。

第21章「巡礼者」、第22章「聖なる泉」、第23章「泉の復活」、第24章「商売敵の魔法使い」、第25章「競争試験」。目的を無事に(^o^;)果たしたサンデーのおしゃべりから逃れられると思ったら、彼女は一緒についていくと言います。ザ・ボスことヤンキー君も、まんざら悪い気はしない様子。途中、「聖なる谷間を目指す巡礼者たちの一行に出会います。時代の解説者の役割を持つサンデーによれば、谷間に湧き出した泉の水が、浴場を作ったために一度涸れたのですが、浴場を壊したら再び湧き出したのだそうです。そして二百年が経過し、今また奇跡の泉が流れを止めたのだそうな。マーリンが魔法の力で泉を復活させようと骨を折っていることを知り、ザ・ボスはキャメロットに設置していた科学省に、ある物を至急送るように手配します。鞭に追われる奴隷の一団にも出会い、鞭打たれる少女と引き裂かれる夫の姿を見ながら、この時代の奴隷制度を崩壊させることを誓います。多分このあたりは、アメリカ南部社会の痛烈な風刺でしょう。
さて、マーリンにとって困ったことに、多くの観衆が泉の復活の奇跡を期待して見つめています。19世紀のエンジニアであるザ・ボスは、ひそかに井戸の水漏れ箇所を発見し、修理してしまいます。水位が次第に上がってくるのを待ち、タイミングを見計らって恐ろしげな呪文を唱えます。これがなんと、ドイツ語なんですね~。やれやれ(^o^)/
花火と火薬の閃光ショーは、泉の水がほとばしり出て最高潮!小汚い隠者たちに浴場をプレゼントしたのは、まさしく Good job! でした。ところがご本人がひどい風邪にかかってしまい、サンデーに看病してもらったのはいいけれど、疲れ切ったサンデーを尼僧院に残して散歩しているときに洞窟の中から「もしもし(ハロー・セントラル)!」という声が。なんと、キャメロットに通じる電話局だったのです。そこで、アーサー王たちが当地へ向かって出発することを知ります。到着は三日目の午後くらいになる、という予想も。インチキ魔法使いにとっては、本物のアーサー王が本当に到着するという受難の日になったわけですね。で、アーサー王がやったことは?家柄以外に取り柄のないアホな貴族を集めて、国王自身の連隊を作ることでした(^o^)/

第26章「最初の新聞」、第27章「ヤンキーと国王のお忍びの旅」、第28章「国王の特訓」、第29章「天然痘の小屋」、第30章「領主の館の悲劇」。中世の六世紀に発行された活版の新聞というのが愉快です。しかも、ちゃんと天地逆などの組版間違いまで入れてあり、素人っぽさを出すという凝りようです(^o^)/
アーサー王は、ザ・ボスと一緒にお忍びの旅に出るという冒険に乗り気になってしまい、止めようがありません。江戸の若殿が下々の様子を見にいくときは、ある程度予習が行き届いているものですが、この王様の場合はもう徹頭徹尾ずれています(^o^)/
たまたま入ってしまった天然痘の家で、病気で死んだ娘を腕に抱き、今にも死にそうな母親のわきに横たえてやる王様は、ちょいといい場面、実に英雄的です。善悪の基準も、階級の価値判断によるものであり、普遍的なものではない。根っからの王様の教育も、なかなか楽ではありません(^o^;)>poripori



聖なる泉の復活の場面は、てっきりニトログリセリンでぶっ飛ばすのだと勘違いしておりました。ニトログリセリンを使うのは、ジュール・ヴェルヌの『神秘の島』でしたね。こちらは単純に水漏れを直し、花火でショウアップするだけでした。しばらく再読していませんでしたので、どうも話がごっちゃになってしまっていたようです(^o^)/

(*):マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(1), (2)~「電網郊外散歩道」
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スモモの関口早生でヨーグルトを食べる

2010年08月07日 06時02分24秒 | 料理住居衣服
スモモのシーズンです。近所の農家から、我が家にはない「関口早生」という品種のスモモ(*)をいただきました。ソルダム種のように、果皮は緑色ですが中身は赤いというもので、味は甘味もあり、なかなか美味しい。



これに、例によって「カスピ海ヨーグルト」をトロリと加え、さらに去年の大石早生で作ったジャムをのせます。



よーく冷えたヨーグルトの酸味が、絶妙にスモモにマッチします。モモのヨーグルトはこれまでもよく食べていましたが、時期的にまだ早い。今年はスモモのヨーグルトを好んで食べています。おかげで、体調は良好です。あ、物忘れとうっかりは年齢のせいで、これは仕方がありません(^o^;)>poripori

妻の13年超の愛車も更新することが決まっておりましたが、ようやく動き始めました。お盆すぎの納車予定とのこと。これまでのマーチに愛着もあったようですが、一方で新車を楽しみにもしているようです。

(*):関口早生とは~農林水産省品種登録データベースより
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8月10日にヒロシマに入り救援にあたった父はなぜ被爆したのか

2010年08月06日 05時31分34秒 | Weblog
先年直腸ガンの再発で亡くなった父は、血液の異常など原爆症の典型的な症状を示しておりました。昨年、広島市を訪れ、父が入市被爆した状況を垣間見ることができました(*1,2)が、そもそも入市被爆というのはどうして起こるのだろうと不思議でした。もちろん、残留放射能も多かったでしょうし、被爆する放射線の線量も半端ではなかったと思いますが、それにしても、血液障害や消化器系を中心とする発ガン率が有意に高い傾向を示すのはなぜだろうと疑問に思っておりました。今年も8月6日がめぐってきましたが、被爆二世として様々なエピソードを集めることで、入市被爆の実状を推測しております。

まず、8月9日に呉に到着した父の部隊は、救援を命じられ10日に広島市内に入りますが、そのとき現地では水道が使えたそうです。これについては、広島市の水道の歴史に記載された不断水の記録から、当時の水道局職員が、自らも被爆し火傷を負いながら浄水場に急行し、停電のため送水が停止し配水池に残った水だけで給水していましたが、予備の送水ポンプで運転・送水を再開して、市内全域での断水は避けられた(*3)ことがわかります。火災の消火にも飲料水としても、ヒロシマの惨状の中で、ライフラインの一つである水が供給され続けたということは、大きな意味があったことでしょう。

しかし、物事は一筋縄ではいきません。当座の生命をつないだ水には、たぶん放射性物質を含む死の灰が相当に混入していたことと推測されます。もちろんその水は、見た目には普通の水と変わらず、ガイガーカウンターで計測でもしない限り、放射能汚染はわからなかったことでしょう。およそ一週間、爆心地から2.2kmほどの位置にある比治山での過酷な救援作業の間、この水を飲み、食事を摂ったのではないか。それが結果的には体内被爆となり、血液の異常と40代から晩年までの消化器系の異常、すなわち胃全摘をはじめとする、小腸、大腸、直腸などの計七回の手術という結果につながったのではないかと思われます。

放射能は目に見えず、匂いもしません。飲み水や食料を通じた体内被爆という私の推測が正しければ、入市被爆と同じことは現代でも起こりうることになります。チェルノブイリの周辺などでも事情はたぶん同じだったのではないか。そんな想像をしてしまいます。

(*1):広島原爆ドームと資料館を見学し、亡父の体験を思う~「電網郊外散歩道」2009年8月
(*2):ブラームス「交響曲第4番」を聴く~2009年8月
(*3):広島市水道と原爆・不断水記録~「広島市の水道の歴史」より


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山響第207回定期演奏会でベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」他を聴く

2010年08月05日 06時04分14秒 | -オーケストラ
草木も眠る丑三つ時に、アホ猫に仇を取られ(*)てしまいました(^o^;)/
なんと、よりによって山響第207回定期演奏会のその日に、2階の窓からネズ公をくわえて御帰還あそばしたアホ猫、寝ている足元でキーキー言わせて狂喜乱舞!おかげで、すっかり寝不足になってしまい、演奏会のチケットを忘れて取りに戻るわ、アポイントを危うく忘れそうになるわで、なんとも大変な一日でした。

それでも、なんとか開演直前にすべりこんだ山形テルサホールは、最前列を除きほぼ埋まっている状態です。本日のプログラムは、ベートーヴェンのカンタータ「静かな海と楽しい航海」Op.112、ブラームスの「運命の女神の歌」Op.89、最後がベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」Op.55 というものです。はじめの2曲は合唱が付いた曲で、合唱:山響アマデウス・コア、合唱音楽監督が佐々木正利、合唱指揮が渡辺修身、黒岩英臣指揮の山形交響楽団の演奏です。

ステージ後方に、合唱団がずらり並ぶと、やっぱり壮観です。オーケストラの配置は、向かって左から順に第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後方にコントラバスが並びます。正面奥、合唱団の手前に左からティンパニと管楽器が陣取ります。ちなみに、コンサートマスターは犬伏亜里さん、第2-Vnのトップにはヤンネ館野さん。黒岩さんは、白の上着に小さな蝶ネクタイというスタイルで、上品な中にも信念を感じさせ、教会の牧師さんですと紹介されてもおかしくないような感じです(^o^)/

1曲め、ベートーヴェンのカンタータ「静かな海と楽しい航海」は、合唱の出来栄えが素晴らしい。弱音から始まるにも関わらず、発音の明瞭さは特筆もので、後半は晴れやかな曲想を十全に歌いきりました。
2曲め、ブラームスでは、チューバなど低音管楽器が増強され、やっぱり訴える力があります。運命の無慈悲さを歌う歌詞は、40年前のかすかな記憶しかない当方のドイツ語の力ではほとんど理解不可能ですが、オーケストラの低音パートの強化は、必須のものと感じられます。

休憩の後、3曲目はベートーヴェンの「エロイカ」です。楽器の配置が若干変わり、ティンパニは右側に移動、ホルンは左奥へ、トランペットが右奥に座ります。第1楽章、指揮者は必ずしも速いテンポを取らず、力感のある丁寧な音楽づくりです。いわば、楷書のベートーヴェン。第2楽章の素晴らしいオーボエに魅了されます。ゆったりと遅いテンポで描かれる葬送行進曲は、厳しさと緊張感の中で奏されます。第3楽章、メガネと汗を拭いて、スケルツォ。ここも、軽みのあるスケルツォというよりは、丁寧に描ききることを重視した演奏と感じました。第4楽章、例のラプトゥスが乗り移ったような、酔っ払いが声を張り上げて歌うようなところも、陽気に発散するのではなくて、黒岩+山響は崩さず厳しく描きます。総じて、力と熱を集中した、楷書のベートーヴェンと感じました。

早々と夏休みとかで、いつもは超々多忙な知人の姿も見え、「エロイカ」を聴きに来たのだろうか、それとも合唱を含む音楽が目的であったろうかと思わず詮索してしまう、夏の夜でした。

(*):んまぁ、失礼な!~「電網郊外散歩道」2010年7月
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猛暑お見舞い申し上げます~本日は山響第207回定期演奏会

2010年08月04日 06時02分55秒 | クラシック音楽




まことに暑い日々が続いております。皆様のご健康をお祈り申し上げます。

  平成22年夏 ブログ「電網郊外散歩道」筆者 narkejp

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本日は、山響第207回定期演奏会の予定。

午後7時開演 山形テルサホール
ゲーテ頌
指揮:黒岩英臣、合唱:山響アマデウスコア
曲目
ベートーヴェン:カンタータ「静かな海と楽しい航海」作品112
ブラームス:「運命の女神の歌」 作品89
ベートーヴェン:交響曲 第3番 変ホ長調「英雄」作品55

楽しみです。パンフレットによれば、会場は県民会館でなくて山形テルサホールとのこと。この曲目で、はたしてお客さんが全員入りきるのでしょうか。どうやら、早めに入場するほうがよさそうです(^o^)/
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藤沢周平原作、映画「必死剣鳥刺し」を観る

2010年08月03日 06時02分48秒 | -藤沢周平
真夏の暑い日、週末農業で果樹園の草刈りを済ませ、午後から妻と映画を観にいきました。藤沢周平原作の「必死剣鳥刺し」です。原作は、『隠し剣孤影抄』に収録された同名の作品「必死剣鳥刺し」です。もともとがハードボイルド調ですが、この映画も実に硬派のハードボイルド、殺陣で血のりがドバーッという世界です。

映画は、藩主・右京太夫と愛妾・連子が催す能舞台の場面から始まります。能が終わり、藩主らが廊下を歩いて退出する一瞬をとらえ、主人公・兼見三左エ門は、連子を刺殺します。側室が藩政に口をはさみ、藩主がそれを認めているのですから、失政が領民にはたいへんな苛政となっていても、誰もそれを止められない。ただ一人、別家の帯屋隼人正だけが、正面切って批判していました。三左エ門は、少し前に愛妻を病で失ったばかりで、子もなく身寄りもなく、ただ死に場所を探していたときに、藩政の病患である連子を刺殺することで、少しばかり死の意味を見ようとしたのでしょうか。ところが、斬首を覚悟していた三左エ門への処分は、一年間の閉門、お役御免のうえ280石の家禄を130石に減じるという、たいそう穏便なものでした。この沙汰を申し渡されたとき、三左エ門は不審に思います。それからの一年間、ひたすら謹慎する生活を支えたのは、亡き妻の姪である里尾(りお)でした。里尾は、一度嫁ぎましたが不縁になり、弟が継いだ家も居心地が悪く、叔母の看病をする形で、兼見の家の台所に居ついたのでした。老婢と二人、庭に畑を作り、野菜を育てながら食事を作り、義理の叔父・三左エ門に尽くします。やがて閉門が解かれますが、三左エ門は世間との交わりを絶ったまま、領内を見て回ります。連子を刺殺しても苛政は変わっておらず、三左エ門の疑問は深まります。責任は藩主自体にあるのではなかろうか。
そんなとき、中老・津田民部から沙汰があり、三左衛門は旧禄に復し、近習頭取を命じられます。一体なぜ?話がうますぎる。実は、藩主・右京太夫と別家の隼人正は対立の度を深めており、早晩、直心流の名手である隼人正を除かなければならない日がやってくると予想し、天心独名流の達人という三左エ門の腕を見込んで、君側に配置したのでした。ある日、隼人正は単身で城にやってきます。そのとき、三左エ門は・・・・

いやはや、すごい斬り合いです。いくらハードボイルドといっても、人畜無害の当方など、思わず目を背けるほどのドバーッ、ピューッ、ドクドク、です。
それよりもむしろ、前半から中盤にかけて、ひたすら無口で言葉には出しませんが、里尾の三左エ門への思慕があふれています。理解と洞察力に優れる三左エ門さんが、気づいていないとは言わせません。蟄居謹慎の日々の生きる力は、里尾さんから補給してもらっていたはず。それだけに、「必死剣鳥刺し」には、ともに生きたかったという、生への願いとそれを妨げた者への怨念が込められていたことでしょう。ハードボイルドと呼ぶゆえんです。



原作では、津田民部はもっと若く、「津田はまだ三十四で、三左エ門より七つも年下」とされています。映画では、いかにも狸親爺ふうに、老人という設定になっています。また、連子の政治好きも、原作では当初はかなり的確で家老たちも口出しを黙認していたことになっていますが、映画では最初から「それはないでしょう」風な悪女に描かれています。これも、わかりやすい単純化のための変更でしょう。映画では、里尾の不縁の原因は示されませんが、原作では、里尾は婚家で虐待を受け、明るい性格が、無口で頑固なものに変わっていた、とされています。三左エ門が病妻を労る姿に、自分も叔母のように愛されたいと思ったことだろうと推測されます。そうそう、鳥もちで雀をとらえる場面の一撃必中は映画オリジナルですが、思慕を告白した里尾とのただ一度の夜が一発必中なのは原作と同じです(^o^)/

この映画が一般に支持されるかどうか、やや不安な面もありますが、相当に原作に忠実に仕上がった作品であることは間違いありません。「ハードボイルド」は、藤沢周平作品の特徴の一つでもあります。その覚悟をして観るべき作品と言えましょう。


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マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(2)

2010年08月02日 06時08分12秒 | -外国文学
大久保博訳の角川文庫で、マーク・トウェイン著『アーサー王宮廷のヤンキー』の続きです。前回(1) はこちら。

第11章「冒険を求めるヤンキー」、第12章「じわじわとくる責苦」、第13章「自由民よ!」、第14章「殿さま、ご用心なさりませ!」、第15章「サンデーの話」。アーサー王の宮廷に、主人が怪物に捕われたという女がやってきます。アリサンド・ラ・カルトルワーズ姫と名乗る「顔立ちの整ったかなりの美人で、物腰もやわらかく、控え目」(p.111) な女性なのですが、いやはやこれがなんとも大変な結果を引き起こします。なんと、ザ・ボス自身が、騎士として捕われの王妃を救うべく、遍歴の旅にでることになるのです。騎士というからには、例の金属製の鎧を着なければなりません。これが実になんとも快適とは程遠い代物で、読んでいるこちらも、あちこち痒くなってきそうです(^o^)/
おまけに、例のアリサンド姫、面倒なのでサンデーと呼ぶことにした娘さんは、とにかくお喋りで、テープに記録したシーケンシャル・ファイルのごとく、一度話が始まったら、途中で一時停止したり巻き戻ししたりすることができません。もちろん、別の話題にランダムアクセスなどできないのですね(^o^)/
とにかく、遍歴の途中で出会う騎士の姿は馬鹿らしく、自由民の姿はまさに奴隷と変わりがないほど哀れなものです。19世紀人である「ザ・ボス」は、不幸な人々の中に人間らしい誇りと資質を見込んだ者を、「人間工場」に送りこみます。

第16章「モルガン・ル・フェイ」、第17章「宮中の宴会」、第18章「王妃の地下牢で」、第19章「商売としての武者修行」、第20章「鬼の城」。ル・フェイ夫人の城に到着すると、美人だが無慈悲で残酷なモルガン・ル・フェイによって土牢に入れられそうになりますが、サンデーの機知「この人は、ザ・ボスなのよ」により、形勢逆転(^o^)/
王妃の宮廷の貪食と殺戮は凄まじいもので、地下牢では無実の罪で拷問を受けている男を救います。そして、夫の苦しみを取り除こうとしたその妻も、ともに「人間工場」に送りこむのです。そもそも、王や貴族たちの圧政と悪徳は、まさに当時の教育の成果であるのです。でも、年齢を尋ねられたサンデーが、ぴたりとおしゃべりを止めるというのも、なんとなくおかしみがありますね。そして、ザ・ボスとサンデーの仲は、ずいぶんと親しみを増したようで(^o^)/

まあ、お年頃の独身の男女がともに遍歴を重ねれば、そこに「はあと」が生まれるのは自明の理でありまして(^o^)/
物語は、第21章に続きます。写真は、某所の古代蓮の花です。


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