志情(しなさき)の海へ

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あのオオゴマダラの幼虫がどこにも見当たらないその近くで犬の餌をかすめ取るリュウキュウキジバトの番!

2011-02-12 03:27:17 | 動植物
昨日から目を皿にしてホウライカガミのツタ状の木のどこを探してもあの黒に白い環のような模様の幼虫が見つからない!食となる葉が十分でないゆえに死んだのか。それとも、視力があまりよくない者でも鮮やかに見える姿ゆえに、ふと近くで嬉々として飛び跳ねているように見えるキジバトの二羽が気になった。ひょっとしたら彼らの内の一羽の餌になったのかもしれない!!リュウキュウキジバトは犬のウルトラマンタロウの餌のおこぼれに目をつけて毎日のようにやってくる。彼らをひねもす観察した一時期もあったが、最近は「餌泥棒さんがまた仲良くやってきたのね」で、見過ごしていた。彼らが?なぜか幼虫が可哀そうに思えてきた。隠れたつもりでホウライカガミの木の根元でひっそりしていたのである。大移動もしながら身を隠しながら幼虫からさなぎへとその成長の過程を通り過ぎようとしていたその刹那に断ち切られてしまった命。食の連鎖とはいえ、悲しい思いがした。

そこにホウライカガミがあって、よく見るとさなぎの抜け殻はいくつかぶら下がっているという事はすでにこの間何度もこのホウライカガミはオオゴマダラを何匹も誕生させてきたのである。ただその存在に気がついたのが去年の暮だった、という事に驚く。
今までまったく関心がいかなかった対象に魅惑され、まだそれに惹かれたままである。なぜか鉢植えのホウライカガミのツタの広がりに圧倒されてもいる。このツタはどこまで伸びるのだろうか?アルミサッシの窓の隙間から部屋に侵入してくる気配の植物もそこにある。

人間が個々にそれぞれの観念にどっぷりつかっている存在ということは確かなようで、個人の趣好や関心に向かって歩いている。時に走りながら生きている。エジプトのムバラク大統領が「死んで埋葬されるまでこの国にいる」と断言したそうだが、人はやがて訪れる死を意識せざるを得ない。300人を超えるデモの犠牲者は殉教者として広場に写真が掲示されているという事がニュースで流れていた。昨今はテレビを見ることがなく、ネットのニュースと写真だけ見ていたせいか、映像が鮮やかに思えた。これほど多くの人間が自由を求めて街に繰り出し、警察権力と対峙し、命を奪われた!それほどに、自らの命を犠牲にするほどにエジプトの民衆は独裁を倒したかったのである!人間の社会システムの自由な空気を希求する願望の深さ、絶望と失望と希望の深さが遠くから眺める者にも伝わってくる。その真撃なおもいは距離を感じさせない。

オオゴマダラの幼虫が、何かのはずみに見えない視野からまたひょっこり浮き出てくるような気もして、しばらくホウライカガミに吸い寄せられるままに時が流れそうである。

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