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文化関連部局の担当者が文書を仕上げるのだが、実際にご自分で書かれるという伝統芸能の会長は、直に袖触れ合った方ではないので、書けないとの事だった。正直な方だが、それは俳優協会の会長もそうだった。
しかし、リサーチをして、祝辞担当者は書いている。臨場感は弱いかもしれないが~。研究者ではないのは事実だが、実演家の生の体験の重みといえばそうかもしれないが~。
知事の祝辞にしても担当者の書かれた原稿を校正し、修正してほしい所は修正していただく。市長も~。組長の挨拶原稿の担当者のセンスが試される。
真喜志康忠生誕100年記念公演の本番に至るまでのプロセスは書いてみたい。すべてはドラマ、物語として残る。
現代の伝統芸能がどのように継承されていくのか、中核の方々の今後は楽しみだが、プロセス、常に過程の中にある、長期の展望は過去の歴史が未来を照らすのだろう。戦前の名優たちの歴史をたどると、見えてくるものがある。
稀有な実演家、その才能の多様さを継承していく若い方々がどう現在を過去の芸能史、歴史を見すえているのか、かもしれない。
沖縄タイムス社社長の祝辞が届いた。
とてもいい。タイムス社ならではの書き出しは凄いと思った。このブログで紹介していいだろうか。記念誌に掲載する大切な祝辞だが、発行した後でご紹介したい。祝辞を書かれた部局長の方は確か真喜志康忠先生が琉球大で講義されていた時、狩俣研究室にも来られていた。文化芸能欄を担当しておられた方だとわかった。それだけに祝辞の文面は真喜志康忠、役者と作品を、沖縄演劇史における氏の位置づけをしっかり書かれている。感謝!多くの方々にすぐにでもご披露したいのだが~。