The orthodox civilization is the festival politics of Japan

「安藤真の『世界文明の正統は』」の続き、祭政は人間中心を超え物質文明を越える、これを受け継いでいるのが日本の伝統と文化

A governor and modern world ・大審問官と近代世界 上

2019-03-15 10:34:06 | 世界経済

 いよいよ、混迷を深めている、来年のアメリカの大統領選、低調だった中国の全人代、それにイギリス、そしてニッポンはどうなるか、どうするのか、政治家の出番だが、どんなものやら・・・
 ちょっと、近代世界の成立を調べてみようか。

Fedor M. Dostoevskii thought out the limitted society of human .
The society is not to be worked with " love and worship " , but the society controlled with strong system and leader .
It seemed to be full of nihilism .

 ドスヨエフスキー(1821ー1881)には「カラマーゾフの兄弟」があり、その中の「大審問官物語り」は、人間の社会の究極を取り上げている、人間、放っておくと自分中心になり、収拾がつかなくなる。

 そこで、彼らの収穫物・生産物を強制的に取り上げ、人間のリーダーが、再分配する、そういうシステムが必要になる。

 それは、愛と信仰・神と教会によるものではない、これは、計画経済を批判しているものと受け取られたが、いやいや、近代世界そのものを批判、ロマ書に、
 「信仰によらぬものは すべて 罪なりと」



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