ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

またまたやってくれました!綸子ちゃん

2008-06-01 01:20:00 | 能楽

今日は伊豆の国市での「狩野川薪能」に向けてのお稽古でした。

ん~、どうも「子ども創作能」の方の出演者の稽古が進まないな。。声は出ていない、型はまだ覚えていない。。稽古をスタートした時点で ぬえが一緒に動いたり謡ったりしていたときには、これまでの狩野川薪能に出演してきた小学生にないほどの手応えを感じていたのに、いざそれを自分だけで演じるとなると、自分を信じることができないと言うか、どうしても他の子の動向を窺ってからでないと動けないと言うか。何度も言うように、能の動き方や謡い方が彼らにとって未知の世界であることは承知しています。でもそれを踏まえた上でのお稽古ももう2ヶ月を費やしているので、今日の ぬえは厳しかったです。稽古は途中で打切。次回までにちゃんと覚えておくように申し渡して終了させました。涙目の子もいたが。。

ぬえは間違っていないと思う。次回までにジャンプアップしてくれる事を望みます。「もう辞めたい」とお母さんに言っている子もいるかもしれませんが、人前で芸を披露するということは楽しいだけではダメなんです。責任だってある。いま投げ出したら達成の喜びを知らないままで心苦しく背を向けることになる。責任を全うしたときに受ける拍手を ぬえは胸を張って受けてほしいと思うんです。当日は一度きりしかない。そこに悔いを残すような結果で終わっては指導者としての ぬえが失格だ。そんな気持ちで ぬえはお稽古をしています。ここに気づいてくれるかどうかが、彼らの、言い過ぎを覚悟で言わせてもらえば人生の最初の分岐点になるのではないかと思います。今は ぬえだってつらいよ。

さて、子ども創作能のお稽古が終わったところで綸子ちゃんが登場。

狩野川薪能では玄人に交じって 能『嵐山』の子方という大役を勤める綸子ちゃん。稽古では二度に渡る「0点」を ぬえから喰らって、ところがその後は奮起した綸子ちゃんは、前回・前々回の稽古でめざましい進歩を遂げてきました。で、それならば!と ぬえはさらにハードルを上げたのであった。(O.O;)

『嵐山』の子方は大役で、まず登場楽「下リ端」に乗って登場しながら、笛の譜を聞いて、決められた譜のところで決められた位置にぴったりと到着しなければならないです。その後は「サシ込」やら「ヒラキ」やら「左右」「打込」「サシ廻し」「中左右」「七つ拍子」「行掛かり」「雲の扇」。。カッチリ仕草が決められた「舞」の型を次々とこなしてゆかなければなりません。能ではツレ扱いにして大人が演じることも多いほどの役なんです。

そこで二人登場するこの曲の子方を、一人は チビぬえに勤めさせ、もしも当日混乱しても チビぬえに合わせれば舞いおおせるようにも仕組みましたし、本来彼らが舞う「天女之舞」も省略しました。

ところが綸子ちゃんは一生懸命予習をしてきて、ぬえから課された型はマスターしてきて。。それならば、と省略していた「天女之舞」を、ぐっと詰めて3分程度に簡略した形とはいえ、挿入することにしました。前回の稽古でそれを決め、それから資料となる ぬえの模範演技のDVDやら、笛の唱歌を録音したCDやらを郵送して。。それで今日を迎えましたが、なんと! またしても綸子ちゃんは全部覚えてきたうえで稽古に参加してきました。登場楽「下リ端」よりも数倍高度、なんせ笛の譜を聞きながら、今度は舞を舞うのですから。。



ん~、ちょっとアマチュアとしては見たことのないほどのレベルを、いまの綸子ちゃんは身につけてしまいましたね。ぬえ自身、正直に言えば信じられないほどの上達です。なぜ ぬえが資料を送ってから たったの一週間の予習だけで「天女之舞」の笛の譜を聞き取って舞うことができるんだ。。? しかも今日 ぬえが実地で説明を行ったその前に。

そればかりではない。ぬえが送った資料は囃子の演奏の1小節ごとに型を配分しておいたのですが、それは型と笛の譜とをシンクロナイズさせて覚えてもらうためにそうしたので、実演上は少々無理もあったのです。一つの型をある1小節の中に納めると、次の型がとんでもなく忙しくなったり。。本当はそういう場面では次の型を少し早め、つまり前の小節の終わりに次の型を始めてしまう方がよいのです。

今日のお稽古では綸子ちゃんはすでに「天女之舞」の型は覚えてしまっていたので、このような、型を始めるタイミングの微調整のお稽古まで進めてしまいました。

ところが綸子ちゃんは、ぬえが送った資料で、おそらく何度も何度も予習してやっと「天女之舞」を覚えたばかりなのであろうのに、今日 ぬえが要求した型のタイミングの微調整も、その場で覚えてしまって。自分が予習してきた型のタイミングを ぬえの要求どおり すぐに舞う事ができる。。ちょっと見たことがないほどの習熟度。そして柔軟性。

うん。綸子ちゃんにはこのまま進んでいってほしいと思います。真夏の薪能の頃には、もうすでに『嵐山』の子方を舞うことに飽きてしまっている。。それが理想です。そうすれば型を洗練させるための余裕ももっともっと生まれてきます。なんせ本番はたった1度しかないのですから。