『歌占』を勤めて2日後には再び伊豆の国市の「狩野川薪能」の稽古でした。
いや! この日は! みんなジャンプアップして上手になった日でしたね~。まあ何と言っても彼ら小学生にとっては初めて能に触れる体験なので、それも「子ども創作能」という、とんでもなくふだんの生活とは異なった環境に飛び込む稽古ですから、少しずつ、少しずつ上達してくる。教えていての手応えも、だんだんと感じてくる。例年稽古はそういう感じで進んでゆきます。そうやって少しずつ みんなの自覚も出来てくるんだけれど、今年は不思議な稽古の進度でしたね~。
なんせスタートダッシュがものすごく速くて、「これは今年の薪能に出演する小学生はイケる!」と思ったものでした。これには稽古のために彼らに渡した資料が良かったのかなあ? なんて思っていました。もう伊豆の国市へ出かけての稽古はこれで9年目になるけれど、当初はカセットテープを渡していたのが、その後MDに代わり(これは再生機器がない、と不評でしたが。。)、今年はとうとうCDに焼いて渡すことができるようになりました。プリントとして渡す資料もだんだんと年を追って充実してきて、初めて能に触れる小学生にも、あんまり戸惑いを与えないように懇切丁寧に作っているつもりなので、その成果が出たのかなあ、と自負していました。
初めこそそうだったんだけれど、その後は。。本当のことを言えば稽古は頭打ち状態でした。いつまでも同じ所を直されてる。どうしても謡や型を覚えてこない。いくら模範に謡ってみせてもぜんぜん声が前に出てこない。。例年よりも むしろ稽古の進度は遅れがちで、ぬえにはちょっと危機感も出てきていたのでした。前々回の稽古ではちょっと厳しいこともみんなに言ったし。
で、前回の稽古ですが、このブログでは控えめに書いたのですが、じつは「ほとんど完璧に覚えてきた!」と胸を張って現れた子が、実際に稽古をしてみたら、これが まだまだで。要するに気構えの問題なんですよね。
そして迎えたこの日の稽古では、みんな それぞれの自覚がちゃあんと芽生えていて、能の中で自分がどのような役割を果たすべきか、そうすれば全体がどういう出来映えになるか、が意識されている。そういう稽古でした。まだまだ演技は荒削りではあるけれども、それぞれが自分の役割を全うして、それを持ち寄ることで一つの舞台を作り上げるんだ、という意識だけは確実に感じることができました。
こうなりゃ、稽古はぐっとラクになります。 ←弱音か? (;^_^A
次回からはそれぞれの役の個別稽古ではなくて、全体の通し稽古を行ったあとに、各役の演技に修正を加える、という作業になるでしょう。そうなれば みんなにも創作能の全体像が見えてくるわけで、ますます自分の役割についての自覚が進むはず。この日の稽古は ぬえ、彼らに拍手喝采、100点満点をつけてあげました。ちょっと甘いか? (^_^;) この日はみんなが着る浴衣や袴の衣裳合わせもして、充実した稽古となりました。
で、綸子ちゃん。
この日は ぬえ、雨の中 稽古用の装束を持参しまして、はじめて略式ながら装束を着てもらって稽古をしました。はじめて袖を返す綸子ちゃん。ををっ! ちゃんと返るではありませんか。時折、装束を邪魔そうにしていましたが、これは当たり前で、でもこれに慣れてもらわないと、本番の舞台で着る装束ではもっと大変だからね~。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/d7/ed07933117ea856dc75f2dac8b41c1ee.jpg)
この日も綸子ちゃんはちょこっと型を間違えていましたが、ん~、まだまだ稽古は必要かな。実際のところ、散々稽古して「もう『嵐山』は飽きちゃった。。」と思えるぐらいがちょうど良いんです。そこまで到達できれば型は間違えないし、余裕も生まれるから とっさの事故や、万が一型を間違えてもすぐに修正できます。そしてお客さまの前に立ち、真剣に謡い、囃す能楽師に交じっての本番の舞台では、決して「また『嵐山』。飽きちゃって つまんない」とは思うはずがないのですから。
いや! この日は! みんなジャンプアップして上手になった日でしたね~。まあ何と言っても彼ら小学生にとっては初めて能に触れる体験なので、それも「子ども創作能」という、とんでもなくふだんの生活とは異なった環境に飛び込む稽古ですから、少しずつ、少しずつ上達してくる。教えていての手応えも、だんだんと感じてくる。例年稽古はそういう感じで進んでゆきます。そうやって少しずつ みんなの自覚も出来てくるんだけれど、今年は不思議な稽古の進度でしたね~。
なんせスタートダッシュがものすごく速くて、「これは今年の薪能に出演する小学生はイケる!」と思ったものでした。これには稽古のために彼らに渡した資料が良かったのかなあ? なんて思っていました。もう伊豆の国市へ出かけての稽古はこれで9年目になるけれど、当初はカセットテープを渡していたのが、その後MDに代わり(これは再生機器がない、と不評でしたが。。)、今年はとうとうCDに焼いて渡すことができるようになりました。プリントとして渡す資料もだんだんと年を追って充実してきて、初めて能に触れる小学生にも、あんまり戸惑いを与えないように懇切丁寧に作っているつもりなので、その成果が出たのかなあ、と自負していました。
初めこそそうだったんだけれど、その後は。。本当のことを言えば稽古は頭打ち状態でした。いつまでも同じ所を直されてる。どうしても謡や型を覚えてこない。いくら模範に謡ってみせてもぜんぜん声が前に出てこない。。例年よりも むしろ稽古の進度は遅れがちで、ぬえにはちょっと危機感も出てきていたのでした。前々回の稽古ではちょっと厳しいこともみんなに言ったし。
で、前回の稽古ですが、このブログでは控えめに書いたのですが、じつは「ほとんど完璧に覚えてきた!」と胸を張って現れた子が、実際に稽古をしてみたら、これが まだまだで。要するに気構えの問題なんですよね。
そして迎えたこの日の稽古では、みんな それぞれの自覚がちゃあんと芽生えていて、能の中で自分がどのような役割を果たすべきか、そうすれば全体がどういう出来映えになるか、が意識されている。そういう稽古でした。まだまだ演技は荒削りではあるけれども、それぞれが自分の役割を全うして、それを持ち寄ることで一つの舞台を作り上げるんだ、という意識だけは確実に感じることができました。
こうなりゃ、稽古はぐっとラクになります。 ←弱音か? (;^_^A
次回からはそれぞれの役の個別稽古ではなくて、全体の通し稽古を行ったあとに、各役の演技に修正を加える、という作業になるでしょう。そうなれば みんなにも創作能の全体像が見えてくるわけで、ますます自分の役割についての自覚が進むはず。この日の稽古は ぬえ、彼らに拍手喝采、100点満点をつけてあげました。ちょっと甘いか? (^_^;) この日はみんなが着る浴衣や袴の衣裳合わせもして、充実した稽古となりました。
で、綸子ちゃん。
この日は ぬえ、雨の中 稽古用の装束を持参しまして、はじめて略式ながら装束を着てもらって稽古をしました。はじめて袖を返す綸子ちゃん。ををっ! ちゃんと返るではありませんか。時折、装束を邪魔そうにしていましたが、これは当たり前で、でもこれに慣れてもらわないと、本番の舞台で着る装束ではもっと大変だからね~。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/d7/ed07933117ea856dc75f2dac8b41c1ee.jpg)
この日も綸子ちゃんはちょこっと型を間違えていましたが、ん~、まだまだ稽古は必要かな。実際のところ、散々稽古して「もう『嵐山』は飽きちゃった。。」と思えるぐらいがちょうど良いんです。そこまで到達できれば型は間違えないし、余裕も生まれるから とっさの事故や、万が一型を間違えてもすぐに修正できます。そしてお客さまの前に立ち、真剣に謡い、囃す能楽師に交じっての本番の舞台では、決して「また『嵐山』。飽きちゃって つまんない」とは思うはずがないのですから。
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