薄闇の夕顔やさし 白粉の母とふ人のやさしかりにき 薬王華蔵
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夕顔が匂う頃となった。八月になった。夕顔は日が翳ったころに大輪を開く。近づくとやさしい芳香が立ちこめている。わたしの母は日に焼けていた。汗臭かった。山肌を開いた開墾地に出て、来る日も来る日も農作業に精を出していたからだ。家は農家ではない。田圃はなかった。だからお米などは作れなかった。父の給料だけに依存していた。それでその助けになればというので、蜜柑や薩摩芋、苺などを栽培していた。家に帰り着くのは大概夕闇が迫る頃だった。苦労人だった。わたしたち子供は3人。教育費を工面するのが大変だっただろうと思う。しかし、一年に何度か白粉を塗って何かの用向きがあって街に出ることがあった。その時には母に白粉が匂った。白粉の母は言葉遣いも上品で、われわれ子供にもいつもよりやさしいように思われた。