最近話題になっている、46年ぶりの皆既日食。
関東地方では7月14日に「梅雨が明けたとみられる」と発表がありましたが、最近は夏らしくもなく、梅雨空模様にぶり返しています。
22日の東京は「曇り」だと予想されているので、ここでも皆既日食で急に暗くなるなどの体感できるかどうか心配になってきました。
でも、奄美や悪石島では「晴れ」だそうなので、きっと観測できると思います。
NHKが当日生中継の予定があるそうなので、さきほど、録画予約してしまいました。
・NHKの皆既日食 生中継
普段は人口80名の悪石島にたくさんの天文ファンが次々と来訪、とてもにぎやかになっているそうです。
テレビで見る悪石島の風景はまるで青ヶ島のようでした。
(でも、青ヶ島のほうが険しい断崖絶壁だったような気がします)
太陽がそっくり月にすっぽり隠れてしまう日食帯は、悪石島、硫黄島。
硫黄島は東京都小笠原村に属しますが、交通手段もなく一般人の上陸が困難なところ。
長い滑走路の硫黄島飛行場も備えているので、皆既日食のために臨時に飛ばすような企画があればいいな~と思います。
もし、そのような企画があるとしても、申し込みが殺到し、硫黄島行きに憧れている私でさえ行けないかも・・・。
海の日が祝日になったのは1996(平成8)年7月20日から。
祝日法の改正により、7月の第3月曜日になったのは2003(平成15)年から。
毎年その頃になると、暑い、暑い・・・と言っていたのに、今年はなぜか涼しいです。
田舎だから風も出ているからでしょうか。結局、今日はエアコン使いませんでした。
書くネタがなくなったので、海の日に関する切手を取り出してみました。
左側は2000(平成12)年1月12日発行の「21世紀に伝えたい東京の風物。小笠原編」
玉川上水・浅草・神宮外苑・台場から夜景 5枚で1連になっていましたが、なぜか「小笠原」だけが・・・。
真ん中の上は1980(昭和55)年4月28日発行の「日本歌シリーズ 第5集」。「うみはひろいな おおきな つぎがのぼるし~」・・・で始まる童謡。これはなんと戦前の1941(昭和16)年に作られました。
真ん中の真ん中は1965(昭和40)年7月20日発行の「第25回海の記念日」。
明治天皇の東北地方巡幸の際、「明治丸」で7月20日、横浜港に帰着。
これにちなみ、1941(昭和16)年から毎年7月20日を「海の日」と制定されたので、記念切手の図案も明治丸とウミネコになっています。
真ん中の下は1963(昭和38)年12月10日発行の「伊豆七島国定公園」。
七島の代表として、八丈島とフェニックスが描かれています。
右側は1973(昭和48)年6月26日発行の「小笠原国立公園」。
毎年6月26日は小笠原諸島返還記念日なので、国土復帰5年目の同日に発行されました。国立公園の切手は北海道から沖縄まで幅広く発行されたはずなのに、なぜか「小笠原国立公園」だけ多量・・・。
紫がかかっている20円の図案は「南島サンゴ礁」になっています。
過去2,3回南島に上陸しているはずなのに、切手に描かれている風景は見たことないような気がします。
35年経過しているので、風景も変わってしまったかな。もう1度確認に行かなきゃあかんですね。
【訂正】
(検索してみたら、ありました。私の単なる見落としでした。図案のとおり、サンゴ礁が隆起しているところでした)
庭にきゅうりの苗を植えたのは、6月中旬頃だったと思う。
1ヶ月でこんなに大きくなるとは思わなかったので、びっくりしました。
ハン尚宮(母)いわく、真ん中あたりの大きさが1番美味しいとのこと。
あまりにも大きいものは味が落ちるらしい。
ここの土は粘土質の関東ローム層なので、いったん水をやるとあっという間に土中に染み込むことはないので、条件が良すぎたかも知れません。
来年はゴーヤーに挑戦し、すだれの代わりに「緑のカーテン」にしようかな・・・・?
田舎の夜は結構涼しく、エアコンがなくても大丈夫でした。扇風機も「間欠」運転にして、自然に近いよそ風を再現。
日曜日は出勤日なので、3連休という実感がないのですが、そういえば、18日から3連休、学校も夏休みの始まりですね。
牛久(うしく)は茨城県のJR常磐線沿いにもありますが、こちらは千葉県の牛久。
2004年7月20日、40.2度という恐ろしいほどの猛暑を記録したことのある地域です。
おそるおそる郵便局の窓口に「風景印ありますか?」と聞いたところ、「あります」と返ってきたので、押してもらいました。
どんな印影になっているだろうかと期待していたら・・・・ゴルフ場と京葉工場地帯でした。
おいおい、ここは東京湾の埋め立て地ではなく、かなり離れた内陸部だぞ、と突っ込みたくなりましたが・・・・。
「風景印あります」と印影の見本を示す郵便局もあれば、全く表示のないところも。
風景印置いてあるのなら、積極的に表示して欲しいと思います。
日付をあらかじめセッティングし、すぐ押せるようにスタンバイするところもあれば、奥から取り出して、ピンセットで日付を更埴、日付確認帳簿にテスト押印・・・といったように郵便局によっては対応がマチマチ。
観光名所近くの郵便局はほとんどスタンバイしているところが多いようです。あまり風景印の依頼がなさそうな郵便局は後者の対応になります。 暑中見舞いのはがきにピッタリな風景印はこれでしょうか。
小笠原のにぎやかな「夏」尽くしデザイン。
1番人気のあるところは母島簡易郵便局の風景印らしい。
何回も押印しているうちに印影がすり減ってしまい「母」の文字が「田」になってしまったとか、そういった話を聞きます。
7月14日、関東地方で梅雨が明けたと見られると発表がありました。
今年は去年に比べると少し早いような気がします。
梅雨が明けたとたん、夏本番になってきました。
2006年(今から3年前ですね・・・)7月22日の夜、伊豆諸島の中で未踏破だった、御蔵島に行こうと「かめりあ丸」に乗船。ところが・・・波が高くて寄港できず。八丈島に流されてしまいました。空模様は雨が降ったり晴れたり・・・あまりすっきりしませんでした。
【2006年の梅雨明け 7月30日頃】
2007年は梅雨明けの発表がないまま、青ヶ島へ。幸いにも雨が降ったりすることはなく予定通りでした。
【2007年の梅雨明け 8月1日頃】
2008年は・・・・7月下旬に御蔵島の予定でしたが、宿泊施設どこも満室ですと回答があり断念。9月にやっと上陸。これで伊豆諸島制覇。
【2008年の梅雨明け 7月19日頃】
今年は7月14日でした!! この写真・・・どこだと思います?
テレビのコマーシャルでよく出ています。
「あっ、見覚えのあるところだな」と懐かしく思い出してしまいます。
正解は・・・山口県下関市(旧豊浦郡豊北町)の角島大橋。
実家からクルマでおよそ20分のところかな。 ここは山口県だというのに、海の色がエメラルドグリーン。
写真をぱっと見ただけで沖縄?いや、小笠原?ハワイ!?と間違われそうです。
角島大橋ができたのは2000年、今年で9年目になります。
ずっと田舎に帰っていないので、気になるところです。ずっと昔と変わらぬの姿だったらいいな・・・。 海の色も全く同じ、沖縄県の古宇利島(こうりじま)大橋。
テレビのコマーシャルは角島だと思うのですが、もしかしたら、ここになっているかも知れません。だって、似ていますし・・・。
コマーシャルでカーブや曲線の多い風景は角島、直線になっている風景はここかな。
<メモ>
山口県・角島大橋 2000年11月開通 1780メートル
沖縄県・古宇利島大橋 2005年 2月開通 2020メートル
カード会社の会員誌は自分にあまり縁のなさそうな記事ばかりなので、届いても手つかずの状態。
1度も読まずに捨てるのはもったいないと、ハン尚宮(母)が目を通したところ、ゴーヤを使った美味しそうなレシピを発見。
「夏野菜のとうもろこしを買わなきゃダメなのかあ」と思っていたところ、ちょうどお隣さんから自家製のとうもろこしをたくさん頂きました。偶然すぎました。(笑)
今夜はとうもろこし、ゴーヤー、牛肉の味噌ピリ辛炒め。
ほぼ毎日ゴーヤーばかり食べているので、高血圧と診断されたハン尚宮(母)の血圧が正常値になっていまいました。
ゴーヤーはダイエットに良いらしいだが、夏の間はなかなかや痩せにくいみたいです。
「青ヶ島村 職員 募集」に関するキーワードでアクセスが急に増えました。いったい、何か変わったことでもあったのかなとその日はとても心配していました。
ヒット件数が1番多かったのは7月12日(日曜日)。
その日の夜、職場の同僚から「新聞見ていたら、新聞広告に青ヶ島村役場職員募集って出ていたね」と携帯にメールが届き、ようやく事態を飲み込めました。
アクセスの数が多いというのは、たぶん新聞の1面に空から見た青ヶ島全景に「村の未来を築きあげませんか?」とかキャッチフレーズでもついているかな?きっと目を引くような広告かな?早くあの広告を見たいな~と聞いてみたところ、「7月12日の朝日新聞朝刊」。
アクセスが急に増えたのもその日の朝から、一致しています。
朝日新聞のバックナンバーを取り出し、1面の目立つページかな?と思い、めぐってみてもそれらしきものは出ていません。
小さな広告まで1つ1つチェックしていくと・・・・
関東版の求人スペースに「青ヶ島村役場」の文字を見つけました。
こんなに小さな広告スペースだというのに反響が大きいのは驚いています。
そりゃ、私も青ヶ島に永住するのを夢見ていたので、過去の記事に職員募集のことを書いていたのをヒットしてしまっただろうかと思われます。
2009年7月13日。全国各地で30度超える真夏日でしたとニュースで報じられていました。
ここは田舎だし、風も強かったので、エアコンがなくてもとても涼しい(?)1日でした。
郵便局やコンビニに行くと寒いと思えるほどぎんぎん効いていましたが・・・。
今日は久しぶりに奇妙な夢を見てしまいました。
ほとんど目覚めた瞬間見た内容も忘れるのですが、今日は記憶に残るほどなぜか鮮明でした。
人間の見る「夢」のメカニズムとはいったい!?
今日見た夢は・・・・東京~父島の「おがさわら丸」に乗り込むが、荷物や財布などは全部自宅に置き忘れてしまった。つまり、手ぶらで「おがさわら丸」に乗って父島にやってきた。(おがさわら丸乗船時にチケットが必要です。無札はありえない)
荷物全部忘れてきたけど、なんくるないさーと。
(「なんくるないさー」は沖縄言葉で「なんとかなるさ」という意味)
気がついたら、カッタンコットン・・・久留里線から持ってきた汽車に乗っていました。 車窓は流れるようにマリンブルーの海や緑あふれる景色が・・・・。
ここはどこなんだろう?とドアの上の路線案内図に目をやると「二見港-境浦-扇浦-小港海岸」。
その後は何も覚えていませんが、小笠原にレールを敷いて汽車が走る夢だったとは。(笑)
ずっと昔の夢だけど、おがさわら丸出港日の朝、寝過してしまい、時計は無情にも10時過ぎを差していた。
「はっ!今日は父島に行く日でしたっけ!?」と夢の中の私はすごくあせってしまった。
夢の中で目覚めて携帯のメールまで見る奇妙な夢。
「どうした?もうすぐ出発だぞ!」と友人からのメールが何通か着信。
「どうしても、今日じゅうに小笠原に行きたい、なんとか追いつく方法は?」。
出発当日の寝過しはやはり気になるなあと、過剰に目覚ましをセットした思い出が・・・。
今度こそは3分以内に収まりました~!!
念願だった、国鉄色キハ30 98の動画をお楽しみください。
<<音が出ますのでご注意ください>>
久留里線はほとんど田んぼを通りますので、稲の背丈も伸び、夏らしさ雰囲気が出ています。
久留里線の近くに住んでいながら滅多に乗車する機会がなく、私が小さい頃によく乗っていたディーゼルカーに乗ってみたくて、ふらりと出かけたのは7月5日。
その日は運よく、行きはキハ30 62、帰りは100に乗れたのですが、国鉄色の98は車庫待機中だったので、乗れず。
今日は98に乗りたいな~と把握していた運行予定表を基に出かけてしまいました。 この色に乗りたがったですよ~。
同じ系列の車両でも、色が変わっただけで大昔にタイムスリップしたかような気分をさせてくれます。
白黒モードにしてみたら、雰囲気は昭和30年代末!?
銘板は 「昭和41年製造」になっていました。
塗装もピカピカ、まるで鏡のようだ。
昭和41年に製造されたときの原色です。 車内の様子。
若い車掌さんがやってきて、後ろの車両は冷房入っていますと案内があったみたいですが、私はこの車両が目的なので・・・(笑) この前のブログで「運賃の取りこぼしのないようにきちんと検札や巡回をやってほしい」と書いたと思いますが、そのとおり若い車掌さんが乗客の申し出に対応していました。
往復切符を用意しているので、黙っていたら・・・
「お手持ちの乗車券を拝見・・・」
えーっ!さっきのは検札だったのですかっ!!
切符を差し出すと、車掌さんが驚いた顔で「はっ!?」と。
変な駅から変な駅行きとか、何枚も連なった最長片道切符でもないし・・・。
自動券売機に「往復乗車券」なるものはあまり見かけないので、その車掌さんは初めて見たかも知れない??
検札印は「木更津運輸区」の文字が入っていました。 横田駅で上総亀山行きと交換。
タブレットがないと勝手に出発できないみたいなので、タブレット(駅員さんの肩にかけている輪っかのようなもの)も交換。
久留里線内で交換している駅は 木更津・横田・久留里・上総亀山かな。
上の写真をセピア色に変えただけでも昔の国鉄らしさが出ています。
番号のプレート紛失したみたいなので、手書き。 木更津駅。
上から見ると、まるでティッシュ箱!?
あまりにもピカピカなので、模型のように見えますね・・・。
全国で唯一の3両を1週間で片付くなんて、運が良すぎたかも・・・。
7月もあっという間に10日目になりました。
これから日射も強くなり、暑さも本格的になろうとしています。
今日は風が強く、エアコンがなくても涼しかった。
夕方、西日が当たり、ブラインドを下ろすと、風でバタバタと音がするため窓を閉めてしまいました。
すると瞬く間にむっと暑さがむせかえってきました。
そういえば、久留里線のキハ30も非冷房。
窓を全開し、扇風機も回っていたので、それほどの暑苦しさはありませんでした。 久留里線が懐かしいと思える理由はこれでした。
1992(平成4)年7月6日、山口県の長門市駅。
20年くらい前は山陰線、美祢線、八高線(1996(平成8年)から電化)、相模線(1991(平成3年)から電化)など活躍していましたが、現在は久留里線の3両のみ、極めて希少な車両になっています。
キハ30 82(広セキ) 「広」は広島支社、「セキ」は下関。
久留里線は 側面に小さく「千マリ」と書かれているので、千葉支社の幕張を意味するでしょう。 7月4日の初披露目記念臨時列車内で乗車記念として配られたみたいですが、翌日も木更津駅に置かれてあったので、もらいました。
裏は何も印刷されていないので、ポストカード代わりになれそうです。
この車両にあまり関わりのない方がもらっても嬉しくないような気が・・・(笑)
青ヶ島から届いた小包。
焼酎の「あおちゅう」を取り出すと、ドックおじさん(父)が目を丸くしながら「たしか、まだ1本残っていたんじゃないですかねぇ??ま・さ・か!?全部飲み干したから追加注文!?」とオーバーリアクション。
「いや、まだ1本ありますよ!?せっかく遠いところなので、ついでに注文したもの」
無番地Tシャツは民宿「あじさい荘」のオリジナル。
デザインは若い女将さんが考案したもので、シンプルなわりにとてもかっこよく見えます。
全国の市町村で全地域「無番地」と名乗れるのは、唯一青ヶ島村だけ。
青ヶ島村無番地 とフルネームだけでもちゃんと届きます。
なんだって、人口200名の小さな村なので、郵便配達員も宛先の名前を見ただけでも顔見知りになっているかも知れませんね。
小笠原の母島簡易郵便局も2年前の民営化から各戸配達が始まったそうです。
郵便民営化は秘境での配達は取りやめになるかも?なんてそのような噂もあったのですが、サービスがよくなっているような気がします。
朝から夏本番を思わせるような日差し。
昨日まではずっと曇りの日が多かったため、今日はハイビスカスさんにとってはうれしい日かも?とそう思いながら出勤。
帰りにハイビスカスの様子を見たら、まるで生きているかようにつぼみが大きくなり、昨日は1輪しか咲いていなかったのに今日は2つ咲いていました。
この調子で秋までずっと咲き続けたら嬉しいな・・・・。
これは沖縄ごはんの「青菜とちくわのソーミンチャンプルー」。
ウチナーグチ(沖縄言葉)では「素麺(ソーメン)」を「ソーミン」と言います。
沖縄では台風に備えての家庭常備食材だそうです。
ちくわの代わりにスパムを入れてみたところ、意外と美味しく食べられました。
夏のスタミナに欠かせない「うなぎ・ゴーヤー・かぼちゃのチャンプルー」。
その組み合わせは珍しいけど、とても美味しいです。
沖縄ごはんはそんなに調味料を使わず、シンプルなので、体によいものばかり。
道理で沖縄県民は長寿日本一というわけですね。
チャンプルーだけでもそんなにバリエーションがあるのは驚きです。