「USスチール」
USスチール(英語: United States Steel Corporation(U.S. Steel)、NYSE: X)は、アメリカ合衆国のペンシルベニア州ピッツバーグに本社を置き、アメリカ合衆国と中央ヨーロッパに大きな生産拠点を持った総合製鉄会社である。2022年の粗鋼生産は世界24位、アメリカ合衆国第2位のシェアを占める。
1901年にアメリカ合衆国で設立された大手鉄鋼製造企業である。この会社は、著名な銀行家ジョン・ピアポント・モルガンと製鉄業界の大物エルバート・ヘンリー・ゲーリーによって創設され、設立当時の時価総額が10億ドルを超えるという、当時としては前例のない規模の企業であった。
USスチールの設立は、アメリカ合衆国の鉄鋼業界における巨大な合併の結果であり、この会社は初期にアメリカ合衆国の鉄鋼生産の約3分の2を占めるほどの影響力を持っていた。その後、国内外での競争が激化し、会社の市場シェアは減少したが、依然として鉄鋼業界の主要なプレイヤーとして残っている。
*Wikipedia より
日本製鉄による買収計画
2023年12月、日本の製鉄会社である日本製鉄がUSスチールを買収することを発表した。買収予定額は約141億ドル(当時のレートで約2兆円)である。買収にはアメリカの同業者であるクリーブランド・クリフスも名乗りを上げたが、買収額で競り勝つ形となった。同年4月12日に臨時株主総会を開催し、日本製鉄から提示された買収計画が株主の賛成多数で承認された。
しかし、全米鉄鋼労働組合(USW)はこの買収に反対。また、第46代アメリカ合衆国大統領のジョー・バイデン(民主党)も難色を示したほか、2024年のアメリカ合衆国大統領選挙に名乗りを上げたカマラ・ハリス(民主党)やドナルド・トランプ(共和党)も日本製鉄によるUSスチール買収に反対する姿勢をみせた。同年11月の大統領選挙ではトランプが当選し、12月2日に第47代大統領となるトランプが、10日にはバイデンがそれぞれ改めて日本製鉄による買収に反対する姿勢を表明している。
*Wikipedia より
USスチール買収は米大統領判断 15日以内に結論、禁止命令も 2024/12/24
【ワシントン、東京共同】日本製鉄によるUSスチール買収計画を審査した対米外国投資委員会(CFIUS)は米東部時間の23日、バイデン米大統領に判断を一任する最終評価をホワイトハウスに伝えた。日鉄が明らかにした。バイデン氏はCFIUSの調査完了後、15日以内に買収を認めるかどうかの結論を出す。これまで否定的な姿勢を示しており、買収禁止命令を出す可能性もある。
日鉄は「安全保障上の懸念に対応するためにとった措置やコミットメントを、大統領が熟慮することを強く要望する」とし、買収の承認を求めた。USスチールも「大統領が正しい判断を下すことを期待する」とコメントした。
審査期限は23日だった。買収による安保上のリスクについて評価が分かれて合意に至らず、バイデン氏に判断を委ねる形となった。バイデン氏はかねて、USスチールは「米国の企業であり続けるべきだ」と指摘している。
日鉄は鉄鋼生産量の維持やUSスチールの取締役の過半数を米国人とする案などを示してきたが、安保に関するCFIUSの懸念を完全には払拭できなかった。
*https://nordot.app/1244092836858413339?c=110564226228225532 より
日本製鉄はUSスチールの取り込みで再び鉄鋼業界のトップランナーに返り咲けるか 2024-02-02
2023年の暮れも押し迫った12月18日、鉄鋼業界に衝撃的なニュースが駆け巡った。日本製鉄が米国の大手鉄鋼メーカーであるUSスチール(United States Steel Corporation)を買収すると発表したのだ。
本稿では、今回の買収のポイントや今後の見通しなどについて考える。日本製鉄はUSスチールを取り込むことで再び世界の鉄鋼業界のトップランナーに返り咲けるのか?
鉄鋼業界で過去最大級のM&A、世界第3位の鉄鋼メーカーへ
昨年12月18日に発表された日本製鉄によるUSスチールの買収計画は、かつて、1989年に三菱地所が米国の象徴ともいえるロックフェラーセンターを買収した当時をほうふつとさせるほど、業界に大きなインパクトをもたらした。
買収総額は日本円に換算すると約2兆100億円。2024年3月ごろに開催されるUSスチールの株主総会の決議を経て、同年の第3四半期(7~9月)までのクロージングを目指すとしている。
鉄鋼各社の規模の指標となる2022年の粗鋼生産量は、日本製鉄が4440万トン(世界ランキング第4位)、USスチールが1450万トン(同第27位)。今回のM&Aが実現すれば、年間のグローバル粗鋼生産能力(30%以上の出資先の公称能力の単純合算)はトータルで8600万トン(同第3位へ浮上)、売上高は12兆円の巨大鉄鋼メーカーが誕生することになる。
日本製鉄の掲げる1億トンビジョン達成に向けて前進
鉄鋼業界の過去最大のM&Aは、2006年にミタル・スチールがアルセロールを買収した際の3兆9300億円。今回はそれに次ぐ規模であり、業界でも最大級のM&Aと言える。
日本製鉄では、長期ビジョンとして「年間のグローバル粗鋼生産能力1億トン、連結事業利益1兆円」を掲げているが、今回のM&Aにより世界3極体制(日本、インド、米国)が整い、ターゲットに向けて大きく前進することになる。
USスチール~鉄鋼王が創業した米国の老舗鉄鋼メーカー
USスチールは、1901年に設立された米国の鉄鋼老舗企業。かつて「鉄鋼王」として名をはせたアンドリュー・カーネギー氏が1875年にピッツバーグで創業した製鉄会社を前身としている。
USスチールが設立された当時は、世界の鉄鋼生産量の3分の1程度を製造する、まさに鉄鋼業界の巨人として君臨していた。
ところが1960年代に入り、米国経済の成熟化とともに安価な輸入鋼材に押されてUSスチールの粗鋼生産量は伸び悩んだ。1970年には、日本で誕生した新日本製鐵(富士製鐵と八幡製鐵が統合)に世界トップメーカーの地位を明け渡した。
筆者は2000年代初頭に、ピッツバーグのUSスチール本社を訪れたことがある。地元の方々からは、「往年と比較すると随分と人が減って寂しくなった」との意見が聞かれたものの、当時はまだ、「鉄鋼の街」といった雰囲気を色濃く残していたことを記憶している。
しかし、その後の中国勢の台頭などにより勢いはさらに停滞、2022年の粗鋼生産量は前述したように世界ランキング27位まで後退している。
国内の高炉業界で1970年代後半から続いてきた合理化の歴史
ここで、これまでの日本の鉄鋼業界の流れを軽く振り返っておきたい。
歴史的にみれば、1960年代までは、日本の国策として八幡製鐵(日本製鉄の前身)を中心に、韓国のPOSCO、中国の宝山鋼鉄、ブラジルのウジミナスなどへの技術協力を実施してきた。
1970年代には、旧川崎製鉄によるツバロンプロジェクトへの参画なども行われた。そして1970年に誕生した新日本製鐵は、USスチールを抜き粗鋼生産量で世界トップに躍り出た。当時は日本の鉄鋼業界が世界のけんいん役となっていた。
ところが、オイルショックを契機に状況は一変した。1973年に日本の粗鋼生産量が1億2000万トンを記録したのをピークに国内の鋼材需要は停滞、高炉各社はそれまでの成長戦略の転換を余儀なくされた。そして、ここから日本の高炉各社の長い合理化の歴史がスタートすることになる。
その後、バブル経済なども経験したが、結局、市場の縮小には歯止めがかからず、2002年には川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が経営統合してJFEホールディングスが誕生した。
さらに、その10年後(2012年)には、新日本製鐵と住友金属工業が経営統合して新日鐵住金(現在の日本製鉄)が誕生し、日本の高炉業界は2大グループにしゅうれんした。
筆者は1990年代半ばから鉄鋼業界担当の証券アナリストとして、これらの多くの業界再編を目の当たりにしてきた。
グローバルでは中国勢が市場を席巻
一方、世界の鉄鋼業界に目を向けると、2006年に、当時最大の粗鋼生産量を誇っていたミタル・スチールと2位のアルセロールが統合して年間の生産量1億トン規模となるアルセロール・ミタルが誕生した。
さらにその後は、一気に中国勢が台頭してくることになる。この流れは止まらず、今や世界の鉄鋼製品の半分以上が中国で生産される状況にある。2022年の世界粗鋼生産量に占める中国の比率は54%に達しており、企業別にみても、首位の宝武鋼鉄集団を筆頭に、トップ10企業のうち6社を中国勢が占めている。
日本製鉄によるUSS買収に関する4つのポイント
次に、今回のM&Aに関する日本製鉄の狙いとポイントを整理したい。
USスチールは、今でこそグローバルでの影響力が低下したとはいえ、様々な強みを持っている。今回の買収におけるポイントは大きく以下の4点に整理されると筆者は考えている。
ポイント1~米国での地産地消体制の確保
最大のポイントは、北米拠点の確保と言えるだろう。
北米拠点が重要である理由は、
(1)米国は先進国で唯一、人口の増加を受けて鋼材需要が増加傾向にあり、今後もこの傾向が続く可能性が高いとみられること
(2)経済が成熟している米国では、新興国と異なり自動車用など高級鋼材の需要構成比が高いこと
(3)世界的に保護貿易の傾向が高まる中で、米国では特にその傾向が色濃く表れていること
などが挙げられる。
特に米国では、今年11月に大統領選が控えており、その結果次第では保護主義の傾向がさらに強まる可能性もある。こうなると、日本の鉄鋼メーカーにとっては、従来のような鋼材輸出での対応には限界がある。自ら米国拠点を確保して「地産地消」を基本とすることが重要な戦略となってくる。
さらに、USスチールは米国国内で幅広い顧客層と高いブランド価値を併せ持っている。とりわけ自動車用鋼板など高級鋼材の分野での実績を積み重ねており、日本製鉄の北米拠点としては最適のパートナーと言える。
前述したように、今や世界の鉄鋼産業で最も強い影響力を持っているのは中国勢である。日本製鉄とUSスチールが日米連合体として中国勢とたいじしていく意義は大きい。
ポイント2~電炉ミニミルの確保
第二のポイントが米国における最先端の電炉ミニミルの確保だ。
USスチールは2021年に電炉のBig River Steelを完全子会社化している。これにより、今回のM&Aが実現すれば、日本製鉄は高炉設備のみならず、Big River Steelの電炉ミニミルも取り込むことになる。
最近の脱炭素の流れの中で、製造工程で二酸化炭素の排出量が少ない電炉に世界の注目が集まっている。日本製鉄やJFEスチールなど日本勢も、グリーンスチール製造プロセスの重要な要素として国内における電炉での製造にも注目している。
(「鉄スクラップ考⑤ グリーンスチールとは?-現状と課題を考える」(2023年7月12日配信記事)参照)。
Big River Steelは、2014年に設立されたスタートアップ企業であるが、
(1)最新鋭の電炉設備を所有し世界でトップクラスの生産性を有している
(2)アーカンソー州にある電炉工場は世界で唯一LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)認証(※)を受けている
といった特徴を持っており、米国内にあって高い競争力を持つ電炉ミニミルである。
(※LEED認証とは非営利団体のU.S. Green Building Councilが認証審査を行う環境性能評価システムであり、いかに環境に優しいか、を示す認証指標)
またBig River Steelでは、2023年10月に最新鋭の無方向性電磁鋼板ラインが稼働を開始している。電磁鋼板とは、電気自動車向けなどに欠かせない高級鋼材であり、今後、極めて高い成長が見込める製品である。日本国内でも日本製鉄やJFEスチールが設備拡張を計画している。この電磁鋼板の米国拠点を確保する意義は大きい。
さらに、Big River Steelでは、現在稼働中の2基の電炉に加えて、「Big River2」として、新規に電炉2基を建設中(2024年下期稼働開始予定)。これが完成すると、年間の粗鋼生産量は330万トン→630万トンへ拡大することになる。
ポイント3~鉄鋼資源の確保
第三のポイントが鉄鉱石の確保だ。
鉄鉱石は高炉メーカーが主原料として使用する。日本では資源が枯渇していることから、国内の高炉各社はオーストラリアやブラジルの鉱山などから鉄鉱石を仕入れている。そして、鉄鉱石などの資源価格の変動が高炉各社にとっては短期的な収益のボラティリティーを高める要因となっているのが現状だ。
これに対しUSスチールでは、豊富な埋蔵量を誇る低コストの鉄鉱石鉱山を米国内に保有している。鉄鉱石の自給率は100%を達成、つまり外部から原料を買ってくる必要がない。収益の安定化を目指すうえでは、自社で鉱山を保有するメリットは極めて大きいと言える。
加えて、保有鉱山では電炉の原料として利用可能な高品位のペレット(鉄鉱石の微粉に粘着剤を加えて焼き固めたもの)の製造も行っており、この点でも優位性が高い。
ポイント4~日本製鉄単独でのM&Aであること
最後のポイントは単独出資であること。
日本製鉄では2010年以降、国内で設備集約を進める一方で、海外展開に関しては積極姿勢に転じている。
具体的には、2014年にはアルセロール・ミタルと共同でティッセン・クルップの米国アラバマ工場を買収した。さらに現在、インドでは同じくアルセロール・ミタルとの合弁会社において高炉2基の新設を含む能力拡張を実行中である(稼働は2025年以降の予定)。
このように積極的なスタンスに転じているものの、最近の海外での投資の多くはアルセロール・ミタルなど他社との共同投資が主体となっている。
これに対し今回は、2兆円という超大型のディールにもかかわらず、日本製鉄は単独での出資を決断した。これには当然、リスクも伴う。それでも、スピード感を持った経営統合を目指す観点から見れば、単独出資とした意味は大きいと筆者は考えている。
買収実現までのハードル
今回の買収が実現するためには、幾つかのハードルをクリアする必要がある。
具体的には、
(1)USスチールの株主総会で承認を得る必要があること
(2)規制当局による審査が行われる可能性があること
(3)米国の安全保障上の観点での議論などをクリアする必要があること
などである。
実際に、全米鉄鋼労働組合(USW)が今回のM&Aに反対を表明しているもよう。今後、米議会との交渉なども乗り越える必要が出てくるかもしれない。
超大型のM&Aであるが故に、米国内で今後、様々な課題が発生してくる可能性はある。それでも、USスチールにとっても、中国勢などとたいじしていくためには日本製鉄とタッグを組むメリットは極めて大きい。双方にとってまさにWin-Winとなる可能性の高い買収と言えるのだ。今後のしんちょくを確認したい。
さらなる成長へ大胆な経営改革を実行してきた橋本社長
日本製鉄によるUSスチールの買収というニュースの余波が冷めやらぬ中、2024年が明けた早々の1月12日には、日本製鉄は社長交代を発表した。4月1日付で現社長の橋本英二氏から今井正氏へ交代するとの内容である。橋本氏は会長兼CEOに付き、今井氏が社長兼COOに就任する予定。
橋本社長は2019年の社長就任以来、高炉休止をはじめとした大胆な構造改革を断行すると同時に、業界の旧態依然とした商慣習を打ち破るべく様々な改革に取り組んできた。
その代表的な事例の一つが、大手の長期契約ユーザー向けの鋼材販売価格の適正化への取り組みと言えよう。高炉各社にとって最重要顧客であるトヨタ自動車などを相手に、正面から価格交渉に臨み、値上げを勝ち取ったのだ。
この結果、橋本氏が社長に就任した19年度には日本製鉄は事業損益で過去最大の赤字(2844億円)を計上したが、わずか2年後の21年度決算では、事業利益9,381億円と一転して過去最高利益を更新した。見事な業績のV字回復を果たしたのである。
(「高炉各社決算~22/3期に奪還した付加価値を今期も守れるか?」(2022年6月7日配信記事)参照)。
もう10年以上前になるが、筆者が証券アナリストとして日本製鉄の社長インタビューを実施した際、当時の社長は「我々の会社には石橋をたたいても渡らないというカルチャーがある」と語られた。これを思うと、橋本社長は長年乗り越える事が出来なかった壁を見事に打ち破り、抜本的な改革を実現したのである。今回のUSスチールの買収は、橋本社長による「攻めの経営」の集大成と言えよう。
「攻めの経営」と「守りの経営」 バランスとりつつ成長へ
本稿ではUSスチールのM&Aに焦点を当てて論じてきた。
ただし日本製鉄にとっては、今回のM&Aを実現することがゴールではない。M&Aをスタート台として、日米連合体として中国勢などとのグローバル競争に打ち勝っていかなければならない。
具体的には、
(1)高級鋼材の分野でいかにグローバルでの影響力を拡大していけるか(攻めの経営)
(2)世界の主要3拠点を軸に相乗効果を発揮させ、いかにグループ全体の収益成長を目指すか(攻めの経営)
(3)M&Aにより一時的に悪化する財務体質(統合後にUSスチールの2兆6000億円の有利子負債が連結される)を早期に改善していけるか(守りの経営)
(4)2050年のカーボンニュートラル実現に向けて具体的なアクションを積み上げていけるか(守りの経営)
など、課題は山積している。
CEOとして経営に残る橋本氏と新社長に就任する技術系出身の今井氏。この強力な2トップのもと、「攻めの経営」と「守りの経営」のバランスを取りつつ成長を目指すことになる。日本製鉄はUSスチールを取り込むことで再び世界の鉄鋼業界のトップランナーに返り咲けるのか?今後のかじ取りに期待したい。
*https://frontier-eyes.online/steel_us/ より