「祝い肴三種」には、関西・関東に関わらず「黒豆」とともに「数の子」が入っている。
数の子(かずのこ、鯑、鯡子)とは、ニシンの魚卵および、ニシンの卵巣をそのまま塩漬けまたは乾燥させたもの。
概要
語源は「かどの子」の訛りとされており、これは近世までニシンを「かど(カドイワシ)」と呼称していた名残である。
基本的にはメスの腹から取り出した魚卵の塊そのものをそのまま食さず、一度「天日干し」または「塩漬け」にしたものの方を食用とする。ニシンの卵の一粒一粒は非常に細かいが、無数の卵が相互に結着しているので、全体としては長さ約10センチメートル、幅約2センチメートル前後の細長い塊となっている。
ニシンが昆布に卵を産みつけたものを「子持ち昆布」と呼び、こちらは珍味としてそのまま食用としたり、高級寿司店では寿司のネタとしても利用されているが基本的には価格が高い。また、その見た目が「黄金色(こがね色)」をしている様子から「黄色いダイヤ」の異称を持っている。
食用
日本の市場で流通しているものの殆どは「干し数の子」「塩蔵数の子」「味付け数の子」に分類され、一般には味付け数の子よりも塩蔵、塩蔵数の子よりも干し数の子の方が高級なものとして取り扱われている。干し数の子や塩蔵数の子は通常そのままでは食さず、一度「水戻し」または「塩抜き」をしてから食用とする。
食通で知られる北大路魯山人は「数の子は塩漬けや生よりも一旦干した物を水で戻したものが美味い、数の子に他の味を染込ませてはならない」と書き記している。また「数の子は音を食うもの」とも言っている。イクラ・タラコ・カラスミ等の他の魚卵の塊と比較すると非常に硬い点から、その味の他に歯ごたえや咀嚼時のプチプチという音も楽しめる。
歴史
日本では、室町幕府13代将軍、足利義輝に数の子が献上されたという記録がある。その後、流通量は増加し、正月のおせち料理や結納において、数の子の粒の多さが子孫繁栄を連想させる比喩から「縁起物」として用いられる事例が増加した。
上述の「縁起物」として用いられる点から、俳句や短歌では新年の寿ぎや新しい出来事を連想させる冬の季語としても度々引用される。俳人や小説家で知られる高浜虚子は、この「数の子」で「数の子に老の歯茎を鳴らしけり」という俳句も詠んでいる。
享保の改革によって倹約を進めた江戸幕府8代将軍、徳川吉宗が「正月だけは、富める者も貧しい者も同じものを食べて祝って欲しい」と願い、数の子をおせち料理に加えるのを推奨している事例から、当時でも江戸市中では入手が容易(著しく高価では無く倹約の対象にならないもの)だったと考えられる。
昔の数の子は、干し数の子が一般的で、塩蔵数の子が製造され始めたのは1900年代(明治30年代以降)に入ってからだと言われている。
*Wikipedia より
やっぱり立派な大きさのものは結構なお値段になる。特に最近は高値傾向に。
塩蔵数の子を年末より前に入手するのが得策かと。
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