1979年。米国の社会学者、エズラ・ヴォーゲルさんが、「ジャパン アズ ナンバーワン」を書いてくれまして、70万部売れました。この本で、日本人が日本人であることに自信を取り戻しましたねえ。このころから、庶民が、海外旅行へ行こうと思えば行ける時代になってきました。
この頃のテレビ番組に、「世界を旅する」ものがありまして、大いに影響を受けました。早い話が、「野次馬」。観るもの、聴くもの…なんにでもに興味を持つ。「ジャパン アズ ナンバーワン」の5年前には、沢木耕太郎さんルートで、ヨーロッパは、ほぼ回りました。
当時新婚旅行といえば「宮崎」でしたが、徐々に「ハワイ」へ行くカップルが増えていきました。私はカミサンと、「ニューヘブリデス(現バヌアツ)」へ行きました。42年前のニューヘブリデスですから、まさしく「天国に一番近い島(ニューカレドニア)の隣の島」。「そのまんまの南太平洋の島」虚飾ゼロ…観光客もぉゼロ。独立した今はどうなっていることやら。
当時新婚旅行といえば「宮崎」でしたが、徐々に「ハワイ」へ行くカップルが増えていきました。私はカミサンと、「ニューヘブリデス(現バヌアツ)」へ行きました。42年前のニューヘブリデスですから、まさしく「天国に一番近い島(ニューカレドニア)の隣の島」。「そのまんまの南太平洋の島」虚飾ゼロ…観光客もぉゼロ。独立した今はどうなっていることやら。
で、世界の旅…「世界を旅する番組のレポーターだった方のエッセイ」に、私が印象深く記憶しているお話がありまして…。
私は、新型コロナがはやり出す前まで、小学校へ出入りさせていただいておりました。児童数400人前後の学校でしたが、転出入が結構多い。私にとっては意外でしたが、「転入してきて数日で転出」というケースや、その逆で「転出して行ったのに、何日も経たないうちに戻ってくる」というケースがありました。
私は、新型コロナがはやり出す前まで、小学校へ出入りさせていただいておりました。児童数400人前後の学校でしたが、転出入が結構多い。私にとっては意外でしたが、「転入してきて数日で転出」というケースや、その逆で「転出して行ったのに、何日も経たないうちに戻ってくる」というケースがありました。
原因はもちろん決まっておりまして、「家庭の事情」。多くは、保護者の離婚、再婚、また離婚、またまた結婚、また離婚・・・。それに係わって子どもが、「児童相談所に保護される」ということも。頻発とは言いませんが、「複数の児童が児相にいる」という期間があったり…。大変な時代になっているのです。保護者の無責任さに「翻弄」されている子どもたち…今も泣いている子がいるのです。
で、「世界を旅する番組のレポーターだった方」の経験談。世界旅行とは、全く関係がないのですがね。
中学生の叡子(仮名。A子よりいいかと)が転校することになった。学級で、盛大な送別会をしてくれた。涙、また涙の中、拍手で送られ帰宅した。その夜…話が大転換し…転校しないことになった。大転換で修羅場になったかどうかは不明。みんなニコニコの大転換だったかもしれません。
送別会をしてもらって転校したのに…転校しないことになった叡子さんは、夜遅くに担任の丈夫先生(仮名)に電話した…
「先生、私、転校しないことになりました。明日、学校へ行っても…」
丈夫先生は唸ったという。そうだよねぇ、授業を潰して送別会をして、涙で別れて、翌日、「おはよう!昨日は送別会ありがとね」は…あまり例がないでしょうから。
で、沈黙のあと丈夫先生が言った…
「叡子!明日ほんの少し遅刻して来い。そして、教室の前で待ってろ」
中学生の叡子(仮名。A子よりいいかと)が転校することになった。学級で、盛大な送別会をしてくれた。涙、また涙の中、拍手で送られ帰宅した。その夜…話が大転換し…転校しないことになった。大転換で修羅場になったかどうかは不明。みんなニコニコの大転換だったかもしれません。
送別会をしてもらって転校したのに…転校しないことになった叡子さんは、夜遅くに担任の丈夫先生(仮名)に電話した…
「先生、私、転校しないことになりました。明日、学校へ行っても…」
丈夫先生は唸ったという。そうだよねぇ、授業を潰して送別会をして、涙で別れて、翌日、「おはよう!昨日は送別会ありがとね」は…あまり例がないでしょうから。
で、沈黙のあと丈夫先生が言った…
「叡子!明日ほんの少し遅刻して来い。そして、教室の前で待ってろ」
翌朝。始業のベルが鳴りおわった校庭から、教室までがさぞ長かったことでしょう。みんなの声が聞こえてくる廊下に立っていると、ガラリと教室のガラス戸が開いた!
「みんなぁ!叡子が帰ってきたぞう!お帰り~!」
「お帰り~!」
丈夫先生の大きな声に続いてクラスのみんなの声。
叡子さんは、おもわず、「ただいま~!」と、言ってしまった!当然だよね。そして、叡子さんは、昨日までの席に何事もなかったかのように座り、授業が始まった。
丈夫先生の、この強烈な、生徒に有無を言わせぬ仕切りがなかったなら、叡子さんは戻る場所も行く場所も失っていたかも知れません。
「みんなぁ!叡子が帰ってきたぞう!お帰り~!」
「お帰り~!」
丈夫先生の大きな声に続いてクラスのみんなの声。
叡子さんは、おもわず、「ただいま~!」と、言ってしまった!当然だよね。そして、叡子さんは、昨日までの席に何事もなかったかのように座り、授業が始まった。
丈夫先生の、この強烈な、生徒に有無を言わせぬ仕切りがなかったなら、叡子さんは戻る場所も行く場所も失っていたかも知れません。
私は、こうゆう話に弱い。というか、心を打たれる。「あたたかい心の機微に触れる」…。丈夫先生、素晴らしいです。教師たるもの、こうでなければ!