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徒然雑感 by おとぼけの父上

R中学のソフトテニスコーチ、エスパルスの応援、その他何でも、日々の雑感を記録していきます。

金子達仁さんのコラムの事

2013-05-15 06:02:26 | サッカー(その他)
Jリーグに求められる“創成期の精神”
と言うコラムを読んだ。
その中で気になった部分。


半年ほど前、スカパー!が企画した討論番組に出演した時のことだ。Jリーグのシーズンは現状のままでいくべきか、はたまた秋春制にするべきかというテーマになった。

暑さほどにサッカーの質を低下させる要素はない、と信じるわたしは、涼しい時期での試合が増える秋春制の導入を以前から訴えている。一方で、雪の多い地域のクラブが反対する気持ちもよくわかる。

たまたまこの番組に出演したパネリストの中で、秋春制を支持したのはわたしだけだった。それはそれで一向にかまわないことなのだが、かまわずにいられなかったのは、秋春制に反対する人たちがよりどころとしているものだった。

日本では無理だから。

寒い時期に見に来てくれるほどサッカーは根付いていないから。

つまり、Jリーグを生み出す上での最大の抵抗勢力だった「永遠に無理」か「いまは無理」という発想が、いまやサッカー関係者の口から抵抗なく出てくるようになっていたのである。

日本社会においては圧倒的な重みを持つ「前例がないから」という発想に、真正面からぶつかっていったのがJリーグだった。やったことがないことを、成功したことがないことを、罪悪や恥ではなく挑戦の対象として捉え、表現したのが、創成期のJリーグだった。

Jリーグは、新しかった。だから、生き残ってきたのである。

だが、新しいものもやがて古くなる。20年前は素晴らしく斬新だったいくつかの決まり事、アイデアの中には、いまの時代にそぐわなくなりつつあるものもある。いまのJリーグは十分に素晴らしいが、しかし、もっと素晴らしくなれるのになりきれていない、という一面があるようにも思える。

求められるのは、だから、これからも創成期の精神を持ち続けることだとわたしは思う。新しいものを恐れない精神があれば、日本ではほとんど前例がない、自分たちで作り上げたものを自分たちで否定し、自分たちで新しいものを生み出していく──ということもできるのではないか、という気がする。

93年当時、Jリーグとプレミアリーグのマーケット規模は、ほぼイコールだったという。Jリーグが生まれたことで、日本は多くのポジティブな影響がおよび、マイナーだったサッカーはメジャーな存在へと昇格したが、ならば、まだまだやれることはあるということだ。

プレミアに追いつき、追い抜く? 笑う人がいるかもしれない。

Jリーグを立ち上げる時、多くの人がそうだったように。



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挑戦!
この言葉がいつの世の中も改革してきた。
ただ、挑戦にはエネルギーが必要で、
年をとるとそういうものが不足して来て、
だから、無難に無難にとなって行く。
まずやってみて、駄目なら戻す。
でも、ほとんど人は、失敗は悪となる。
失敗は成功のもと。
やってみなけりゃわからない事も多い。
難しい問題だが。
コメント
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