8年ぶりに水城にやってきました。
以前は日本100名城スタンプラリーで大野城へ訪れた際に寄りました。
今回は、水城自体が続日本100名城に選定されたために、再度の訪問です。
基肄城水門より、クルマで25分くらいのはずですが、近づくにつれどんどん道が混んできました。
第1駐車場、第2駐車場がともに割と広いのですが満車でした。
ただ、こんなときのために前もってグーグルストリートビューで北側に5台ほど駐められる駐車場をみつけておきました。

案の定、駐車できました。
白村江の敗戦後、倭国には唐・新羅軍侵攻の脅威があり、防衛体制の整備が急務でした。
そこで大宰府を防衛するためにつくられた、福岡平野から筑紫に通じる平野を閉塞する「遮断城」が水城です。

水城大堤之碑
1915(大正4)年、水城青年会が大正天皇大典記念として建てた石碑。
城というよりも巨大な堤です。
以前は日本100名城スタンプラリーで大野城へ訪れた際に寄りました。
今回は、水城自体が続日本100名城に選定されたために、再度の訪問です。
基肄城水門より、クルマで25分くらいのはずですが、近づくにつれどんどん道が混んできました。
第1駐車場、第2駐車場がともに割と広いのですが満車でした。
ただ、こんなときのために前もってグーグルストリートビューで北側に5台ほど駐められる駐車場をみつけておきました。

案の定、駐車できました。
白村江の敗戦後、倭国には唐・新羅軍侵攻の脅威があり、防衛体制の整備が急務でした。
そこで大宰府を防衛するためにつくられた、福岡平野から筑紫に通じる平野を閉塞する「遮断城」が水城です。

水城大堤之碑
1915(大正4)年、水城青年会が大正天皇大典記念として建てた石碑。
城というよりも巨大な堤です。


樹木が茂っているところは堤防状になって延びています。
また、桜のあたりには本来堀がつくられていました。

この場所には門がありました。
その礎石です。

水城の中に埋もれるように資料館が作られていました。

水城館
所在地: 福岡県太宰府市国分二丁目17-10
開館時間: 9:00〜16:30
休館日: 月曜日(ただし祝日の場合はその翌日),12/28〜1/4日
入館料: 無料
続日本100名城のスタンプもここで押すことができます。
水城館の上は展望台になっています。

桜を見るための人々で賑わっていました。

高さ9mの堤が1.2km続いてます。


南無妙法蓮華経と彫られた碑
水城との関連はわかりません。

水城の上を歩いてみましたが、少し進むと通行止めになっていました。
水城との関連はわかりません。

水城の上を歩いてみましたが、少し進むと通行止めになっていました。