出雲大社から、宍道湖を見ながら松江に移動しました。

市営城山西駐車場
所在地:島根県松江市黒田町497
松江城からはやや遠いですが、堀川遊覧船ふれあい広場乗船場のすぐ近くです。

市営城山西駐車場
所在地:島根県松江市黒田町497
松江城からはやや遠いですが、堀川遊覧船ふれあい広場乗船場のすぐ近くです。

松江城は低地に作られ、築城とともに城下町を整備しました。
当時は水上輸送の方が盛んだったので水路の整備を優先したはずです。水路は掘りの役目もしますし・・・。
近年、多くの都市では、は自動車の利用が増え堀を埋め立て道路や市街地を拡張するようになりました。
松江は奇跡的に、水路が残されており、船から市街地を見て回れるので、遊覧船がお薦めです。

もちろん松江城も河の上から見ることができます。

ただ、松江城のまわりは常緑広葉樹が生い茂り、近付くと隠れてしまいます。
遊覧を終え、徒歩にて登城

優雅さはありませんが、力強さを感じる天守閣

1903(明治36)年建築の興雲閣
明治天皇をお迎えする際の御宿所
先日、テレビで松江城を紹介していました。
その際「こんな建物あったっけ?」と思ったのがこの興雲閣です。
もっとも、以前に訪れた記事をみると、しっかりのっていますね。
人の記憶なんていい加減なものです。
ですから、城は何度訪れても良いものです。
さて、このあと塩見縄手を見て歩くつもりでしたが、北惣門橋が工事中で通行できませんでした。
まぁ、別の橋を渡るだけなんですけど、少し遠回りになります。
この日はすでに2万歩も歩いていて、少々バテ気味です。
ということで、予定どおりに散策したのですが、へろへろで写真を撮り忘れています。

トラックも鉄道もありませんでしたので、貨物は船で運ぶしかありませんでした。大八車はありましたが、道が整備されていなかったので長距離は使われませんでした。
したがって、京のような内陸都市にも水路は発達し湊や船宿もあったわけです。
現在の日本も海外とも貿易は、航空機よりも船舶によるものが圧倒的に多く、昔も今も海洋国家といって良いと思います。
江戸末期でも大阪・京都は船便がメインだったりとか、本来の日本は海洋国家だった???