デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



すぐ傍に海です。

自由の女神へは、マンハッタン最南部のフェリー乗り場から行くのが一般的だ。フェリー乗り場は実はウォール街からも程近く、いかにも観光客ですといった人を、朝早くから見かけることはなかった。


ビジネスマンが普通に新聞や朝食を露店で買います。






すぐそこはビジネス街



ピカピカのビル群のなかにポツンと教会が。



フェリー乗り場に隣接する公園へ






奥に見えている「リバティーフェリー」でならリバティー島に上陸できます



とてもデカいワシかタカの像。おぼろげな記憶で第二次大戦の海軍活躍を記念した碑だったような。



なんか妙にシュールだった。



公園から肉眼で自由の女神は見えるにゃ見える。


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旅行となれば、普段ぎりぎりに起床していた時間を、大幅に早くすることができる人は少なくないだろう(笑
私も例外ではなくて、昨日あれほど重たい荷物かついでブロードウェイを歩き回ったのに、一番に朝食摂るぞと言わんばかりに早起きした。尤も出発までにデジカメの電池を充電しておきたいというのもあった。


いかにもホステル・インターナショナルという感じですねぇ



こういう風にクチコミみたいに書かれると、行きたくなるものです。



今日出発の人は、もちろん私より早起きだった。



ぜひ観に行きたいオペラの看板が!



地下鉄に乗るには↑のカードを買わねばなりません。



露店では軽い朝食が摂れるし、朝食代が安く上がります。でも結構並ぶ。

ユースを早めに出たらラッシュに巻き込まれるようなこともなかった。ローカル線に乗って終点のSouth Ferry駅まで行く。


いかにも船が出港しそうな…



降りる人は少なかった。

私は旅行ガイドブックに乗っていた「スタテン島行きの無料フェリーで、自由の女神の近くに行ける」という方法をとった。実際どんな感じだったかは、次回を乞うご期待??

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横断歩道を渡りながらの撮影だったが、うまくいったんでは?と思う。



南米のフォルクローレのバンドだったなぁ…

Virginレコードのネオンの前での演奏だったので、現地では音楽に関する何かの象徴みたいなものをを感じた。
タイムズスクエアでは、さまざまな中小のギャラリーや劇場やライブハウスの関係者が道行く人々にビラを配っていたりする。そういった真剣な姿の人々を見ると、ニューヨークって本当に個人が自己主張をする街なのだと思ったりする。



やけにピカピカで縦に長~い車。はっきりいって迷惑…

タイムズスクエアから歩いてほど近くは、ニューヨークが世界に誇るブロードウェーがある。ブロードウェー・ミュージカルの劇場がひしめき合っているので、人も多く、看板もきれいなものばかり…。


どこかで…



見たことが…



あるようなものばかりですねぇ…。



光感度を上げて撮影。

「レ・ミゼラブル」の幼少のコゼットがティナルディエにコキ使われる挿絵の版画も、今やブロードウェー・ミュージカルの看板で知られるようになったかもしれない。

上の写真を撮ったときも、私は大きい荷物を担いだままだったので、いい加減、ユースホステルに向うことにした。


地下鉄の「42St」駅にて

一昔前はニューヨークの地下鉄といえば、犯罪の発生率がとても高く危険とされていた。
しかし、現在は監視カメラもたくさんあるし、列車を待つ人用のエリアがあるので、一般の人から離れず人目に付くところにさえいれば、危険を感じることはなかった。注意することといえば、あとはサイフや貴重品入れから手を離さないことぐらい。
今回の旅は、以前とは異なり日本でユースホステルを予約して行った。チェックインは本当にすんなり。また年会費無料のクレジットカード持って行ったので、支払いもあっという間…。ユースの規則についてクチャクチャクチャッと言われたら、早速部屋のキーを渡された。正直、便利になったもんだなぁと、本当に思った。
部屋は12人部屋。本音言うと、値段的にせめて6人部屋やろとふんでいたのでエェー!?と思ってしまったが、まぁマンハッタンで安く泊まろうと思ったら、相部屋は仕方ないし、こんだけ人数がいたらもう「いっしょ」だ。
荷物を置きシャワー浴びたあとは、少しホステル内を見て回った。ほとんどが若い人だが、もちろん年配の方もいた。


広いリビングでは、ノートパソコンを持ち込んでネットをする人が多かった。



テレビでは映画やドラマが夜なのに大音量で流れてたりする。

夕食はユースホステル近くのテイクアウトできるチャイニーズ料理店で、フライライスと骨付きダックを交ぜたやつにした。
ユースに帰ると食事できるテーブルが満席だった。しかし、同じようにチャイニーズをテイクアウトして食べている、背が高く体格のよい黒人の男女のテーブルの席が一つ空いていたので、相席を頼んだら快く応じてくれた。
空いたお腹を満たしていると、相席の二人の英語ではない何の言語なのか分からない会話に興味を持ってしまった。
私が話しかけると、二人は英語で私に返事をした。男性の方は南アフリカ出身、女性の方はカナダ出身で、ともに初対面だが、フランス語で会話していたとのこと…。
フランス語!(笑)。正直、私にはフランス語には聞こえなかった。アフリカで使われている言葉みたいに聞こえたのだ!
このテイクアウトのダックは肉じゃなく骨しか入っていないとか言ったあと、私の出身を言えば、男性の方が何と沖縄県と大阪に縁があるのだという!
滞在の予定を訊かれたので、ニューヨークとワシントンDCに行くつもりといえば、「ブッシュに会いに行くのか?」と訊ねられた。私が「会いたくもない」といえば、「オレは(何をしても)会えない」みたいな返事をくれる。彼の過去に何があったのだ??
そうするうちに二人が席を立ってしまったので、それ以上は何も分からなかったが、初日から驚きの夕食であった。

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うーむ。いかにもアメリカっぽい…

グランド・セントラル・ターミナルのあと、重いリュックを背負ったまま、ひたすら西へと歩いた。


昔とは違うとはいえ、なるべく大きい荷物を持って歩き回らない方がいいと思います。






マンハッタンのほとんどの通りで、車両は一方通行なのです。

ずっと歩いているうちに、タイムズスクエアまでやってきた。水曜の夜だというのに、人が多い…。大きい荷物持っているのは私ぐらいだった。


やっぱりこの背景でカメラ写りたがる人が多いです。



イエローキャブのボンネットにもネオンが。




土産店で売っている白黒写真の絵葉書には、どえらい昔のタイムズスクエアの写真が用いられているものもあった。その絵葉書では、人々は古きよき時代のような服装をしていたが、写真は昼間に撮られたものだった。もし夜になったら、ちょっと歩けないだろうなとその絵葉書を見て思ってしまった。
現在はいろんな広告の明るいネオンで満たされ、本当に明るい雰囲気がただよっていた。

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GCT  





↑はニューヨークの観光案内所やお土産店でよく見かけるグランド・セントラル・ターミナル(GCT)の絵葉書(用いられている写真は1950年撮影)だが、まるで白黒映画の世界、たとえばミュージカルの舞台裏を描いた「42番街」や、「アンタッチャブル」に登場するような感じで、私などは写真だけで旅情に駆られてしまう。
バスを降りたところがたまたまGCTの前だったので、早速入ってみた。















入ったのは夕方で日も沈みかけている頃だった。
もちろん、光どころか人が多すぎて、絵葉書のような光景は見れなかったが、新しいものを次々と発信するニューヨークにあって、これからもこういった古い物は残していってもらいたいものだと、素直に思った。

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荷物を受け取り空港の外に出ると、「外国にきた!」という気分になる。本当に空気まで違って感じるのだ。


どこの国の空港でもありそうな光景だけれども、



やっぱり特別な気持ちになるものです。




マンハッタンへはバスで。
一時間以上はかかるのです。



おっ!



近づいてきたぞ!



料金所を通過。イエローキャブもたくさん。

料金所を出てトンネルを通過すれば、いつの間にやらニューヨークらしい町並みが。






ペンステーションまで行くつもりだったが、一旦グランドセントラルターミナルでバスが止まったので、急遽「降りてみよう」という気になった。降り場でバス会社の職員らしき人なのか?、その人が「どこに行きたい?」と訊ねてきた。
ユースホステルに行くつもりと言うと、この方向を歩いて行けと言う。
なもん、歩いていくなんて無茶やろ!?
というぐらいの距離だったが、どうせならチェックインまでに夕方のマンハッタンを観光してやれという気持ちになった。


マンハッタンに降り立って最初の一枚


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旅行計画はほとんど立てずに、また急に飛行機のチケットを取ったこともあって、今回は関空ではなく成田から出発。

なので夜行バスで東京まで向うことになった。バス乗り場はほとんどが東京ディズニーランドへのツアー客。それも仲間連れの若い人ばかりだった。
バスに乗ると席を間違って座っていた。でもどうせならその席にいたかった。なぜなら、その席の周りは8人くらいの仲間連れで、翌朝の3時まで何かと騒がしく、私が座っていたなら少しは静かになったかもしれなかったからだ。

今回は東京でプラプラせずに、ラッシュ前の早いうちから成田に行くことにした。本当はいけないことだが、実は今回、チケットだけ持って、高速バスの集合場所にしろ、出発便のターミナルにしろ細かいことは何もチェックして行かなかった。以前とよく似た感じだろうと高をくくっていたのと、向こうで見たい絵のことを調べる時間を優先したのだ。
でも、はっきり言ってこれはまずい。いくら早めにバスや飛行機の乗り場まで着いたところで、広いターミナルのどこなのか?というのは降り立ったその場ではわからないからだ。
案の定、インフォメーションの世話になることに。でも飛んでからは移動方法について、しっかりと復習した。


長いフライト中にデジカメの訪問都市の時刻設定とかしとくのもいいです。

フライト中のヘッドホンラジオでは、やたらワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の第3幕への前奏曲が繰り返され耳に残った。縁起でもないが、旅を暗示してるのか!?

乗り継ぎのデトロイトで、今回の旅の予期せぬ出来事第一号に見舞われた。ちゃんと以下のような






説明を読んでいたのに、飛行機の到着の遅れと入国審査で、乗り継ぎの便までの時間がほとんど無かったのである。
こういうときは、入国審査で前後に並んでいる人と会話が弾むものだ。次の便を逃したらどうなるとか、逃した場合の対処法とか、いろいろ教えられた。
荷物を一旦受け取り、再度預け、また身体検査を受けたが、15分しかない!と焦っていると、デジカメとベルトを金属のものを入れている荷物として、ひとまとめにするのを忘れ「ビー!ビー!」探知機を鳴らしてしまった。あげくデトロイトの空港、でかくて次の便のロビーまで、走った、走った。初日から空港内で走り倒した…。空港内で汗が滴り落ちるとは…。


荷物は出てきてくれました。

国内線で聞いた英語はやたら早く、何言っているのかさっぱり分からなかった。さらに乗り継ぎの際、荷物を預けるときに時間が無いので手っ取り早く処理されてしまったので、本当に荷物がニューヨークで出てくるのか、むちゃくちゃ不安のままのフライトだった。
何はともあれ、デトロイトからまた二時間乗って、ニューヨークのラガーディア空港に到着。
荷物は出てきてくれた。。。

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皆様、ご機嫌いかがですか。オペラ座の灰燼です。

ブログ内ではお知らせしていませんでしたが、今月の19日から26日まで、アメリカのニューヨークへ行ってました。

今回の旅も、いろいろとものごとを考えたり、そして楽しむことが目的でした。

行った都市はニューヨークとワシントンDCの2都市です。

訪問した都市ではいろんなところに行きましたが、とりあえず撮った画像だけで言えば2100枚以上になり、撮り直しやボツのものを除いたとしても1800枚以上になりました。

もし毎日一枚ブログで紹介したとすると、ほぼ5年かかります。

もちろん、現地では予備の電池では足らず、思い切って持って行った携帯電話のデジカメの出番もありました。携帯のデジカメをこれほど使用したこともなかったです。出発前に虹の画像その他で、携帯のデジカメで遊んでおいてよかったと思いました。

何はともあれ無事帰って来れました。このブログのカテゴリに「紐育(New York)」が増えましたが、スペイン旅行記も書いていきたいと思います。ものすごくカオスチックになると思いますが…。

では、これからもよろしくお願いいたします。

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