ポルトガルの国民的作家で、今や世界中で読まれているジョゼ・サラマーゴの『白の闇』(1995)を読んだ。作品は、ある日突然、目の前が真っ白になって失明してしまうという病気が、原因不明のまま急速に伝染していく世界を描いた話である。
人間の感情や社会の闇の側面を描き出し、これほどまで深く考えさせる作品は、珍しいのではないか。言葉にしづらい現実世界を表現するための寓話の力を、久しぶりに思う存分堪能し読めた。
作品はカフカやカミュのような不条理小説みたいな読みかたもできると思うが、『白の闇』では、より人間の本能がむきだしになっているさま、絶対的な不条理が起こってしまった場合の人間社会の行く末の描き方において、予言的で説得力に満ちている。伝染病の発症後に起こる一つ一つのエピソードは、本当に起きそうなことばかりである。
作品では印象的な場面が数多いが、私が一番こわいと思ったのは伝染病が広がってしまった後の全ての人が失明している町の場面だ。都市機能は完全にストップし、時間の概念は失われ、人々は水は雨水を口をあけて飲むしかなく、店にある食料は全て盗られるだけでなく人々が奪い合う、人間の排泄物の悪臭が漂い、町中に溢れた人間の死体を貪るイヌや猫やネズミが幅を利かす。ひょっとして砂漠よりも悲惨なのでは。
当然だと思っていたものを無くしてしまったことで、人は多くのことを人と依存しあって生きていることを、いやでも考えさせられるだけでなく、人間は不条理に対する準備を怠る存在でもあることも私は作品から感じた。また、絶望的な未来しかやってこないという状況下での人間らしさって一体なんだ?と、ようするに思想よりも、人間の根本的なところを穿ち読者に考えさせる点が秀逸だと思った。
訳者のあとがきで、作者の言葉が紹介されている。
「人間が理性の使用法を見失ったとき、たがいに持つべき尊重の念を失ったとき、なにが起こるかを見たのだ。それはこの世界が実際に味わっている悲劇なのだ」(ジョゼ・サラマーゴ)
深いなぁ…。すごい警鐘だと思う。
私にとってはこの手の作品は2年に一度ぐらいで充分かも。ただ、作品はとても面白かった。この三ヶ月の間、「手にしてよかった!」と思え、かつ後々強い印象を残すであろう作品を幾つか読んだが、『白の闇』も面白いだけでなく心を揺さぶられる作品だと思う。
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