デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



ハムレット』の解釈は無数にあるし、多くの『ハムレット』愛好家から支持されている解釈も少なくない。また『ハムレット』を題材にしたり踏まえたりして作られた作品もある。そして、やっぱり世間には「意外!この切り口からハムレットを描くか!」と思うような作品もある。
『ハムレット』本編ではちょい役程度で出てくるローゼンクランツとギルデンスターンという二人の登場人物がいる。ハムレット王子の幼馴染で学友でありハムレット自身も「友」と声をかけるほどの間柄であるのだが、ハムレットの親友ホレーシオと、ローゼンクランツとギルデンスターン二人の運命はまったく異なったものになる。
そのローゼンクランツとギルデンスターンの二人の視点から「ハムレット」を描く作品があるというのは実に興味深いことだ。彼らは確かにハムレットに警戒されるが、二人にとって見れば王子の気がふれてしまった訳はわからないだろうし、クローディアスに従ったのも王様の命令であるからだし、イギリス行きの船に乗るのは役割をつとめようとしただけでのことであるし、彼らを襲う不意打ち(不条理・理不尽)は悪夢以外の何物でもない。
命の危機が迫っていると分かるのは読者だけで、彼らを待ち受ける運命に対峙する余地が彼らには一切無いというのは、恐ろしいことだしまさに急転直下である。私の主観ながらこういった立場におかれてしまう人物を描いた作品にカフカの『審判』や『城』があるように思う。ローゼンクランツとギルデンスターンはイギリスに上陸した途端、この世がカフカの描くような幻術的な世界に突如なっちまったと感じたかもしれない。

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