1954年
手もとでのびるシュートとアウドロに七回を除く毎回の12三振をもぎとる好投を示した初登板の地元出身大根(桜ケ丘高)が最終回代打島本の安打によるピンチも中村との巧みなけん制球で最小得点に切り抜けたのは、二回無死三塁打したうえ、六回無死満塁に桝の三塁右の難ゴロをよくつかんだ河津の攻守とともに出色のできばえだった。
手もとでのびるシュートとアウドロに七回を除く毎回の12三振をもぎとる好投を示した初登板の地元出身大根(桜ケ丘高)が最終回代打島本の安打によるピンチも中村との巧みなけん制球で最小得点に切り抜けたのは、二回無死三塁打したうえ、六回無死満塁に桝の三塁右の難ゴロをよくつかんだ河津の攻守とともに出色のできばえだった。