1989年
九州に待望のスターが現れた。昨年は福岡第一の前田(現ロッテ)、津久見の川崎(現ヤクルト)、熊本工の村上(現ダイエー)と大物クンがたくさんいたのに、今年は粒も小さく少ないといわれていたのだ。そこへすい星のように出現したのが、鳥栖の前間投手だ。前間が一躍スポットライトを浴びたのが5月、大分で行なわれた春季九州大会だった。それまでも噂にのぼってはいたが、佐賀商、佐賀竜谷の陰に隠れ、勝ち運にも恵まれなかった。それが九州大会では、それまでのウッ憤を晴らすように快投ショーを演じて見せた。初戦は沖縄の興南だった。9回を投げ散発の4安打完封。奪った三振は二ケタの14個。興南に全くスキを見せなかった。1日おいた2回戦は鹿児島れいめいが相手。ゲームは7回コールドで鳥栖が勝ったのだが、前間は6イニングで9個の三振を奪う力投。準決勝の佐賀商戦では1点を取られたが、これまた9奪三振。1日2試合目となった決勝の鹿児島商工戦でさすがに疲れたのか、4点を献上して敗戦投手になった。しかし、三振は6つを取った。4試合33回を投げて三振数は実に38個。1イニング1・15個と素晴らしい数字を残した。まさにストライク・アウト・アーチストだ。「でも、三振はそんなに意識してないんです。できるだけ守る時間を短くして、打線がリズムに乗るように、と考えて投げているだけなんです」と控え目な前間。チームを思ってのことだが、三振を狙ったピッチングをしたら、どれだけ取れるかわからない。逆に意識してないから三振の山を築くことができるのかもしれないが・・・。どちらにしても、すごいことは確かだ。185㌢、71㌔のスリムな体のどこにこんなパワーが潜んでいるのかと思われるほど。球種は130㌔台のストレートと落差の大きいカーブの3種類。上背があるだけに、わかっていても打てないのが縦のカーブだ。このボールは高校生ではちょっとやそっとで打てない。夏の予選ではライバル視される打撃のチーム・佐賀商は左打者が中心なので、前間のカーブには手こずるはず。もし、竜谷と対戦するようなことになれば、前間ー中井の左右両投手の投げ合いも予想される。「今年の佐賀は強いチームが多いですからね。もっと足腰を鍛え、連投が効くようにスタミナをつけます」とランニングに励む前間。オフの間、学校近くの朝日山でクロスカントリーを繰り返して、強くたくましくなった下半身をさらにパワーアップさせた。当然ながら目標は憧れの甲子園。鳥栖は6年前の58年に出場したことはあるが、その時の1回だけしかない。二度目の甲子園出場は前間の出来次第だ。「あいつがどれだけ投げてくれるかにかかっている。スライダーも良くなってきたし、きっとやってくれると思います」と、平野監督も前間と心中する覚悟だ。ここ数年、いいところまで進みながら、なかなか代表になれないだけに、指揮官の前間にかける期待は計り知れない。九州大会後の練習試合でも強打の宇部商を最少得点に抑えるなど、本番が近づくにつれ前間の調子は急ピッチに仕上っている。「自分が打たれたければ勝てるんです」エースとしての自覚も出てきた九州№1左腕は甲子園での勇姿を頭に描いている。