プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

藪上敏夫

2019-02-23 19:15:06 | 日記
1969年

上西と投げ合った向陽藪上投手(178㌢、76㌔)も、なかなかの票が出た。ボールの速さは上西ほどではないが、シュート、カーブ、フォークボールと球種は豊富。巨人青木氏は「シュート回転の珍しいタイプ。人さし指と中指に同じような力でボールを離すのが理想だが、大抵長い中指に比重がかかっているものだ。しかし藪上は人さし指の方がまさっているような癖があるから面白いのではないか」という。確かに藪上の人さし指は普通の投手より、中指と大差ないほど長かった。広島木庭氏も「土台がしっかりしているし、これからが楽しみだ」とまずまず。だが「ピッチングがうまいから目にはつくが、技巧に走り過ぎてみすみす将来伸びそうな芽を、自らつみ取っているきらいがあるようだ」(中日田村氏)と疑問視する向きもあった。
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安木祥二

2019-02-23 19:08:49 | 日記
1969年

五回投げて外野に飛球を打たせなかった。安打は大下の1本だけ。三振は6個取った。ひとフロ浴びた安木は黄色のタートルネックのセーターにカーディガンを羽織って、ロッカーから出てきた。球場出口へ歩く間「ナイスピッチング」と何度も祝福されていた安木。そのたびに「ありがとうございます」と新人らしく丁寧に頭を下げていた。「きょうは、最高の出来ですね。特にシュートがよかった。カーブでカウントをかせいでシュートで勝負する。あれが、僕本来のピッチングです」と安木は胸を張った。ニコニコ笑いが絶えない。自分の持ち味を存分に発揮出来たことがよほどうれしかったと見える。この東映戦で、安木は三度目の登板。初先発の阪急戦(十八日、西京極)は上がってリキんでしまい、矢野の一発に泣いた。しかし、この日は、マウンドでも落着いていた。左の軸足を一たんグッと上げて、一気に投げ込むフォームにリズムがった。安木がいうように、シュートがよく切れていた。カウントを有利にする大きなカーブのコントロールも申しぶんなかった。そして、秘密兵器のナチュラルスライダーも低めへ決まっていた。ボールをコントロールできたこと、これが好投の原因だ。直球を投げても自然にスライドする。これは安木の指に由来する。「握りが悪いと新聞に書かれたこともあるけど、決してそんなことはないんです。僕は人さし指と中指の長さが極端に違うんです。だから・・・」という。なるほど、指をそろえると人さし指が中指の第一関節までしかない。秘密兵器は指にあったわけだ。安木は自分の指を見つめながら「この有利な条件を生かさねば・・・」と自らにいい聞かせていた。安木は、大杉、森安の後輩に当たる。出身校は岡山・関西高(ドラフト第五位指名)。先輩大杉も「タイミングの取り方がつかめない」状態なので、安木のシュートにお手上げだった。とんでもない試合の結末に「驚いた」を連発していた別所監督も安木について「あそこまででしょう」とクギをさしながら「でも、よく投げてくれた。ウチは左投手が少ないだけに助かるな。これで、使える見通しがついた」と目を細めていた。佐伯キャンプ打ち上げのとき「いいと思ったんだがちょっと予想がはずれたかな」といっていた別所監督は自らの力で新たな目を向けさせたようだ。
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黒原祐二

2019-02-23 18:53:37 | 日記
1985年

西武はプロ七年目の黒原が初勝利を挙げる好投で、両リーグ20勝一番乗りした。二番手として二回途中から登板した黒原は球威のある直球、シュートで5イニングを2安打に抑えた。

秋山はトップに並ぶ11号本塁打、田尾が6打席連続安打で3打点、渡辺がプロ入り初セーブと、ヒーローがずらりと並んだ西武。だが、広岡監督は「殊勲者?やはり黒原ですよ」と、初勝利のプロ七年生の名前を挙げた。同点で迎えた二回、無死二、三塁のピンチで登板。黒原は「点を取られてもいいから自分の投球をしよう」と心に決め、藤田を三ゴロ、四球後の一死満塁から、福本を二塁併殺打に打ち取って、試合の流れを西武に呼び込んだ。自分の投球ーそれは「コントロールに細心の注意を払うこと」と黒原。自信がないはずの速球も走り、5イニングを散発2安打、無失点。打者の内角を思い切り攻め、のけぞったブーマーがにらみつけるシーンも。「球威がないから、ああいうこともしなけりゃね」と、自分の力をよく踏まえての投球だった。五十四年、都城工高からドラフト四位で入団、一軍に上ったのが一昨年からで、おもな仕事は敗戦処理だった。「何度も限界を感じた。いつも、これが最後と思ってやっている」と黒原。「続けてきてよかった」と、喜ぶ言葉がふるえていた。
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