1950年
広島カープのエースは武智だ、内藤、中山の台頭、黒川、竹村、林(次)、石川の新鋭と数にはことかかないその投手陣でも、ウデと直球では武智の右に出るものはまずいまい、武智がエースにおさまっている広島の強さも弱みもあるようだ。武智は元来が投手でない、いわんやエースとまつられるような型の投手ではない、十八年のプロ入りだから球歴には不足はないが、もともとが内野育ちで、戦前の阪神でも戦後も金星でもショートをやっていた。去年の阪急でもいやいやながら投手をつとめさせられた。その彼が広島カープの興亡を担うエースといわれるのは明らかにカープ投手陣の弱体を物語るものだ貧弱な投手陣はそのまま広島の弱点に違いない、だがこの弱点も裏を返せば強味といえぬこともない、エースにふさわしからぬエース武智をおしたてて、しやにむにおしまくろうとする広島ナインの熱と意気、それを率いる石本監督の強気戦法ーペナントレースを戦いぬくカープの武器はまずこれである。岩本監督がいの若い選手がすくすくのびて石本式打法が広島ナインのお要素となりきるまでイバラの道を進むカーブのマウンドを守るのに武智のウデと度胸はうってつけ、小柄ながら小器用にスピードのない直球とカーブをあやつって、どんな強打者でもおめずおくせず巧に打ち気をそらすユトリをもっている心臓とプレート度胸が彼の身上。広島カープが阪神を破った二つ目の勝星も十一安打をあびながら崩れそうで崩れない武智のプレートさばきからかせぎとられたものだカープが非力であればあるほど度胸をすえてエース武智は投げぬき勝ち抜くに違いない。
広島カープのエースは武智だ、内藤、中山の台頭、黒川、竹村、林(次)、石川の新鋭と数にはことかかないその投手陣でも、ウデと直球では武智の右に出るものはまずいまい、武智がエースにおさまっている広島の強さも弱みもあるようだ。武智は元来が投手でない、いわんやエースとまつられるような型の投手ではない、十八年のプロ入りだから球歴には不足はないが、もともとが内野育ちで、戦前の阪神でも戦後も金星でもショートをやっていた。去年の阪急でもいやいやながら投手をつとめさせられた。その彼が広島カープの興亡を担うエースといわれるのは明らかにカープ投手陣の弱体を物語るものだ貧弱な投手陣はそのまま広島の弱点に違いない、だがこの弱点も裏を返せば強味といえぬこともない、エースにふさわしからぬエース武智をおしたてて、しやにむにおしまくろうとする広島ナインの熱と意気、それを率いる石本監督の強気戦法ーペナントレースを戦いぬくカープの武器はまずこれである。岩本監督がいの若い選手がすくすくのびて石本式打法が広島ナインのお要素となりきるまでイバラの道を進むカーブのマウンドを守るのに武智のウデと度胸はうってつけ、小柄ながら小器用にスピードのない直球とカーブをあやつって、どんな強打者でもおめずおくせず巧に打ち気をそらすユトリをもっている心臓とプレート度胸が彼の身上。広島カープが阪神を破った二つ目の勝星も十一安打をあびながら崩れそうで崩れない武智のプレートさばきからかせぎとられたものだカープが非力であればあるほど度胸をすえてエース武智は投げぬき勝ち抜くに違いない。
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