失恋ということ

2015年02月16日 | 健康・病気

 薫風香る5月、高校3年になったおれの所属する吹奏楽部は、ゴールデンウィークに合宿をした。
 今思うと、なぜそのときに合宿をしたのか理由が思い出せない。おれたちが3年になったときに、
吹奏楽部の顧問は大学を卒業したばかりの先生がなった。それまで顧問をしていた先生は、3月
によその高校に移っていった。
 新しく顧問になったその先生は大学を出たばかりで燃えていた。大学ではフルートを吹いていて、
茨城交響楽団にも所属していた。
 おれたちは、新しく吹奏楽部の顧問になったその先生のフルートの音を聴いて感動した。フルート
っていう楽器はこんな素晴らしい音がするものなんだとしみじみ思った。
 その先生の吹奏楽部の指導には驚いた。前年度までの吹奏楽部顧問は、大学までピアノだけを
練習してきた人だった。なので吹奏楽部というものを知らなかった。新しい顧問は、大学まで吹奏楽
部にいた人で、聴く人が心地よく聴こえればいい、という教え方だった。
 たとえば、長く音を出していなければならないように楽譜に書いてあるとする。先生はそれを2人で
やればいいといった。交代して吹くのだ。聴いている人がひとつの音だと思ってくれればいい。
 この先生の指導の仕方は“目からうろこ”だった。
 合宿の最後の日、おれは高校1年のアルトサックスを吹く女の子から、
「部長が好きです。つきあって下さい」といわれた。
 おれはびっくりした。そんなことは初めてのことだった。それまで女性とつきあったことなどないおれだ
った。そのコのことをおれはそれまでなんとも思っていなかった。そのときおれは好きな女性はいなか
ったので、そのコとつきあうことにした。
 その女の子はかわいい顔をしていた。どうしてそういうコがおれを好きになるかが分からなかった。
 それから吹奏楽部の練習が終わるとそのコと毎日話した。演奏会などがあると彼女がお弁当を作っ
てもってきてくれた。そういうことを繰り返しているうちにおれは彼女に夢中になってしまった。
 6月だったか、吹奏楽部顧問の先生がおれたちに「今年の吹奏楽コンクールに出る」といった。
 次の日曜日に、吹奏楽部の生徒を何人か連れて先生は銀座のヤマハ楽器に行った。コンクールで
吹く曲の楽譜を買いに行ったのです。部長だったおれもとうぜん行った。
 銀座のヤマハ楽器におれたちは驚いた。なにしろそんなところに行くことは初めてのことなんです。
 コンクールで吹く曲の楽譜を、生徒と銀座までいっしょに買いに行くという先生を素敵だなと思った。
 楽譜を選び終わってからそのときおれは、現代ギターという雑誌を買った。そこに、ある手工ギター
製作所の弟子募集の広告が載っていた。そこに手紙を出してみようと思ったのです。
 次の日からの毎日の吹奏楽部の練習はちょっとたいへんだった。
 夏の合宿のときには、先生の茨城大学の吹奏楽部の後輩が4・5人来て指導してくれた。
 そういうこともあって、8月の吹奏楽部コンクールでおれたちの吹奏楽部は銅賞をとった。
 初めての参加で賞に選ばれたのです。
 おれは部長なのでステージに呼ばれ賞状をもらった。その賞状を渡してくれた人は、中学の吹奏楽部
のとき何度か指導を受けていた県警の音楽隊の隊長だった。中学のときにはコンクールに出ていたがな
んの賞にも選ばれなかった。そのときその人は、県吹奏楽連盟の何かの役職についていたのでしょう。
 高校で初めて参加して銅賞をとり、県警の隊長から賞状をいただいた。隊長はおれのことを覚えていて
くれていて「おめでとう」といってくれた。おれはそのときの感激を忘れません。
 夏に手工ギター製作所に弟子入りをしたい、と手紙を出していた。そして「一度来て下さい」と返事が来た。
おれは、9月に東京のギター製作所に行き、弟子入りを許された。
 秋風が吹く頃、彼女がおれをさけるようになった。おれはわけがわからなかった。なぜおれをさけるのか
が理解できなかった。
 彼女の誕生日は11月だった。そのときにプレゼントを贈ろうと考えた。なんとかそのコとのよりを戻したか
ったのです。水戸のデパートまで行って、プレゼントするものをおれは買った。そして贈った。
 その直後、おれは彼女に振られた。おれの生まれて初めての失恋だった。
 そのとき彼女は高1のトランペットを吹く男とつきあい始めていた。
 おれは吹奏楽部の練習で、先生が来るまでに音出しをして部員の楽器のチューニングをしなければなら
なかった。
 トランペットの男の子の横にアルトサックスのあのコがいる。
 部員の前にいるおれ、トランペットとアルトサックスの前にいるおれは、みっともなかった。
 おれは、大好きな吹奏楽部をやめたいと思った。そこにいる意味がなかった。つらかった。
 そのときおれは、高校を中退してギター製作所に早く弟子入りしたいと思っていた。
 しかし、1月に定期演奏会があった。部長のおれはそれを成功させなければならなかった。
 あのときはつらかった。おれを振った女の子と毎日顔を合わすのが嫌だった。
 それからもおれはいつくか恋をして、失恋をしてきた。
 もう62歳のおれは失恋というつらい思いをすることはないだろう。
 できることならしてみたいが…。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする