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『イスラームから見た「世界史」』 タミム・アンサーリー

2015-04-11 23:40:27 | Books
イスラームから見た「世界史」
タミム・アンサーリー
紀伊國屋書店


「アラブの春」が巻き起こった2011年に発刊された本だが、世界がイスラム国による猛威に曝されている今こそ読まれるべき一冊と思う。

著者はアフガニスタン出身、米国在住の著述家、米国で世界史の教科書編纂にも携わった経歴があるという。
日本の世界史教科書においても、古代の記述はメソポタミアなど中東地域を中心に書かれていても、ギリシャ・ローマ以降はヨーロッパの歴史を辿ることが主軸となる。
後は、もう1つの軸が中国史、残りの地域は数百年分がまとめられて記述が散在するという形式にどうしてもなってしまう。
本書は、日本語タイトルの通り、そうした欧米中心の世界史像を脱構築し、中東のムスリム社会を中心軸に据えて世界史の流れを追っていくことにより、新たな世界史観を見出すとともに、ムスリム社会への見方を変えることを試みている力作である。
ちなみに「中東」と書いたが、本書では中東だけでなく、東はインド・アフガニスタン・ペルシアから西は北アフリカまでのムスリム世界を「ミドルワールド」と呼び、その世界を中心にして歴史観を再構築している。
600ページを超える大著だが、読みづらさは感じない。

まず何より、かつてミドルワールドは、ユーラシア大陸のど真ん中、文字通り世界の中心であった、ということを実感させられる。
もっとも繁栄し、文化・文明が進んだ地域で、それに比べるとヨーロッパなどローマ帝国分裂以降は貧しい辺境の地に落ちぶれていた。
十字軍の遠征にしても、確かにミドルワールドのムスリム世界に惨禍をもたらしたものの、ムスリムからは「キリスト教との文明の対決」という位置付けには見えておらず、単に侵略を受けたとしか受け止められていない、と(結果的に十字軍遠征は失敗に終わっているし)。
むしろ、その後のモンゴル族の侵入の方が、ムスリム世界に壊滅的な打撃をもたらした(モンゴル族が彼の地で酷い大虐殺をしていたとは、個人的には本書を読んで初めて認識した…)が、最終的にはそのモンゴル族もムスリム化することになる。
さらにオスマン・トルコがビザンツ帝国を滅ぼし、ペルシャのサファヴィー朝、インドのムガル帝国との「三大帝国」の時代となる。
この時代まで、ミドルワールドのムスリム世界は、まさに世界の中心であった。

ところが、大航海時代以降、ヨーロッパの各国がミドルワールドに次第に勢力を拡大してくることになる。
19世紀以降、産業革命で富と軍事力を高めたヨーロッパの列強はさらにミドルワールドに進入し、ムスリム世界も立憲主義やナショナリズムの波を受けて揺さぶられてゆく。
第一次大戦でオスマン帝国が終焉を迎え、石油の時代の到来とともに英仏米露の列強の手により、ミドルワールドはズタズタにされていき、そしてイスラエル建国という大きな波乱の種が植え付けられる。
その延長線上に、紛争と抗争の耐えない現在の中東情勢があるのである。

そして、イスラームに対する理解もこの一冊を読むことでかなり高まった。
というか、これまでがあまりに何も知らなすぎたのだけれど。
イスラームは宗教・思想のみに留まらず、社会事業なのである。
個人の救済に焦点を当てるキリスト教・仏教など他の宗教とは趣きが異なる。
ヨーロッパ的な発想の民主主義や国民国家といった概念が根底のところで受け容れられない要因はそこにある。
現代に至っても中東情勢の対立軸となっているスンナ派とシーア派の対立にしても、ムハンマドの死直後の正統カリフの時代における後継争いに端を発しているもので、単なる宗派対立として捉えてしまうと本質を理解できない。

それにしても十字軍やモンゴル族による大虐殺だけでなく、オスマン・トルコによるアルメニア人虐殺などを含め、この地域では歴史上ジェノサイドが繰り返されてきたことを否応なく思い知らされる。
ISの残虐な振る舞いもその延長上に見る必要があると感じた。

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