そういうわけで、『純と愛』の、たゆみない虚無主義というか、念の入ったとっ散らかり具合というか、とにかくとりあえず“攻めてる”風圧に関しては特に賛成も反対もしません。
だがしかし、少なくともひとつ承服しかねる点があります。
準レギュラーで若村麻由美さんが出演されていますね。無名塾出身の実力派で優等生なイメージでしたが、だいぶ前、容貌魁偉な不可思議な宗教教祖と結婚、程なく死別という顛末以来、意外とエキセントリックなトコもあるのかなと深読みの余地も出てきて、演技面でもキャラ面でもハズレ、ハズシのない、しかも絵ヅラも綺麗めという、非常にコスパのいい女優さんのひとり。
若村さんは1987年の朝ドラ『はっさい先生』のヒロインがテレビドラマデビューでした。最近の朝ドラはこのように、朝ドラ過去作のヒロインもしくは準ヒロイン経験者を頻繁に脇役に起用します。前作『梅ちゃん先生』には1996年『ふたりっ子』の岩崎ひろみさんが出ていたし、『おひさま』では1986年『はね駒』の斉藤由貴さんが“現在時制の聞き手”担当でした。『カーネーション』では大人ヒロインOGは出ていませんでしたが、1999年『あすか』のヒロイン子供時代を演じた榎園実穂さんが、優子(新山千春さん)の長時間採寸で倒れてしまう妊娠中の客役でゲスト出演していました。
それより前の作品で思い出せるだけでも『てっぱん』には安田成美さん、『ウェルかめ』に星野知子さん、『つばさ』に手塚理美さん、『だんだん』に石田ひかりさん…と、特にヒロイン母親や彼氏の母親、上司など上の世代の役はかつてのヒロイン女優さんの“里帰りコース”化がここのところの恒例です。
朝ドラファンは習慣視聴が多く、長い人だと何十作も見ているので、ヒロインOGの“加齢円熟”姿をご披露するのはファンサービスとも言えるかもしれない。かつて初々しいヒロインだった人がカンロクついて落ち着いたお母さん役で現われると、我が身が経てきた歳月を思わず振り返ったりもする。連ドラ出演自体だいぶお久しぶりの人もいて、「変わらないねえ」「いややっぱりオバさんになったよ」等とお茶の間に引っかかりを提供するだけでも意義はあります。
これは朝ドラという枠、ジャンルを存続させて行く上で、地味ながら巧妙なテクニックです。人間は新しがり屋であると同時に非常に保守的でもあり、まったく見覚えのない、人生初めて目にする物や人には、訝しがりはしても興味や、まして好感は抱かないものです。
高齢家族のドラマ視聴に付き合っていると、「この人見たことある」「この人何かに出てた」だけ言い続けて54分なら54分が終わる(何と言う名前のヒトで、何と言うタイトルの作品にいつ頃ダレと出ていたかが思い出せることはヤッコさんたちほとんどありませんが)。人間、「記憶がある」「覚えている」ということを自己確認するだけで、もうすでにかなり楽しいものなのです。まして記憶の箪笥を浚いささやかなノスタルジーに浸り、あの頃はあんなだったこんなだったと懐古する楽しみがあると、自然と翌日も同じチャンネルに気が向く。同じチャンネルの同じ時間帯で「見たことがある」人を投入して、心ゆくまで記憶をくすぐらせてあげるのは、きわめてベーシックで、短絡的とさえ言えるベタな客寄せ手法です。
しかし我らが(誰らがだ)『純と愛』、見渡す限り否定否定の、草木無き原野を行くロンリーランナー『純と愛』までがこの、伝統寄っかかり馴れ合いずぶずぶな姿勢を踏襲するのはいかがなものでしょう。
いや百歩譲って、若村麻由美さんの起用が過去ヒロイン経験と無関係だったとしましょうか。『純と愛』は出演者に高テンションが要求される作風でもあり、“トラウマを抱える故にヒステリックな、バリキャリ鬼母”という特殊な設定をこなせる候補の女優さんが朝ドラ歴と関係なく何人かリストアップされた中から、ベストとして選ばれたのがたまたま若村さんだったと。
ならば“金八先生”武田鉄矢さんと、“兼末健次郎”風間俊介さんの同時起用はどうなんでしょう。他局の、10年以上前のドラマとは言っても、風間さん扮する愛(いとし)が娘の彼氏として目の前に現われ、「高卒?中退?あぁ~学歴もない職もない」と嘆いて見せる武田さんに大ウケの金八シリーズファンが現にいるわけです。かつてはウラオモテあるダークヒーローと、それを諭し導く熱血教師だったおふたりが、今作では人のウラオモテが見えてしまうヘタレヒーローと、それに振り回される欲得オヤジ。
局の垣根を越え“昔の名作の名コンビ再び”“しかも昔と真逆の設定”でくすぐる、こういうあざとさも『純と愛』だけは染まって欲しくないし、染まるべきではない。
否定否定を気取っても、結局は朝ドラという枠由来、さらにはキャストの過去出演作由来の“親の遺産”で、人気だけはちゃっかりいただこうという魂胆が透けて見える。作中の愛くんに一度“ドラマ『純と愛』自体の本性”を見抜いてもらう必要があるかもしれません。
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