★今年の『父の日』は6月19日 今日らしい、
とある、6月の第3日曜日がそうらしい。
全世界でそうなのかと思ったら、世界ではいろんな国がいろいろと『父の日』を決めているようだが、6月の第3日曜日の国は世界で一番多いようである。
『日本には、1955年頃に導入され全国に広がりました』とあるから、私の子供時代にはなかった風習だから、馴染みが薄いのである。
★83歳の私だが、勿論私にも父がいる。
高校3年生の時に52歳で、亡くなってしまったので、『父との想い出』が殆どないのである。
戦前の父親像がそうだったのか、我が家だけがそうだったのか。
いまの家庭のように、父親が遊んでくれたり、特にかまってくれたりしたことは、殆どなくて、まさに『父の背中を見て』育ったようなものである。
父と一緒に『二人だけで行動』したのは、何のためにそこに行ったのかも覚えていないが戦後、中学生のころに京都のまちに行ったことがある、その一回限りなのである。
だけど、何となく、母よりも父のほうが好きだった。
母は、103歳まで生きたし、晩年50年近くは一緒に暮らしたので想い出みたいなものは、逆にいっぱいなのである。
父の名は、戸籍では、 古谷錬二 通称は 古谷錬介
絵や 書に 使っていた号 は 素雪
私の 『父の日』 の父への贈り物である。
忘れていたが、昨年も既に、もっと詳しくこんなブログをアップしている。
http://blog.goo.ne.jp/rfuruya1/e/88c45fd1356c1cc178255448216e840d
父に言われた言葉、 神戸1中に無試験で入れてくれて
● 『無試験で入れてやったのだから、ちゃんと勉強せえよ』
私が学校で一生懸命勉強したのは、中学校だけである。
● 『男は、言ったことはちゃんとその通りに』
これも守れている。 口で言ったことを文章で残したりするのは現役時代からずっと守っている。
あとで言い訳したりするのは『イヤ』だからである。
★私の父の日のプレゼントは、家内が夏の下着など買ってくれた。
その気持ちを有難く頂いておこうと思っている。