私の生き方。考え方・意見
★ 昨日だったか朝日新聞にこんな記事が出ていた。
日本高校野球連盟と朝日新聞社は、運営委員会を開き、
ベンチ入りの人数を20人に統一していく可能性を示した。
ベンチ入り制限は14人に始まり、78年に15人、94年から16人、03年から18人と増やしてきたようでる。
大会は17日間で開催、休養日は3回戦の2日目と、準々決勝、準決勝の翌日の計3回設ける。
全試合でクーリングタイムを設定、従来のグラウンド整備時間と合わせて10分間、体の冷却など暑さ対策にあてる。
などとある。
昔と違って高校球児への対応・配慮なども変わったものである。
私の感想を一言で言うと「甘やかしすぎ」である。
野球というスポーツは練習は兎も角試合は、ホントに「楽なスポーツ」である。
サッカーなどと比べると雲泥の差で、ピッチャーを除いてはホントに
汗もかかないような楽なスポーツだと思う。
だから、プロ野球などは毎日でも出来るのだと思っている。
昨今は「すべて甘やかしすぎ」だなと思ったりする。
野球の質が変わったからベンチに入る人数を増やす方向は納得だが、
その他の休憩などはやり過ぎだと思う。
なぜ、こんな発想になるのか? 不思議に思ったりする。
★ 昭和25年(1950)当時だからもう70年以上も前の話だが、
私も当時は名門と言われた明石高校で野球をやっていた。
今の球児たちと比べると、体格も技術もずっと劣るのは間違いないが、
精神的には無茶苦茶強かったし、自らを痛めつけるような練習だった。
今では考えられないと思うが、夏の練習中も水は一滴も飲めなかった。
今と違ってピッチャーはひとりで9回を投げぬくことが基本だったし、
全く「甘やかす」ようなことはなかった。
明石中学と言えば、甲子園で中京商業と25回戦を戦い抜いている。
その当時の先輩たちの指導だったから「厳しくて」当たり前だった。
そんな高校時代を想い出して、今でも「それなりによかったな」と思っている。
人生で厳しいことには何回も出会ったが、そんなに厳しいとは思わなかったのも、高校時代の練習を経験したからだと思う。
★ これは昭和25年(1950)夏の大会の入場行進の写真だが、全員で14人である。
私にとっても懐かしい1枚だが、75年も経つと
ここに写っている人で、現在この世にいるのは、
この夏の予選で、灘高を相手に「完全試合」を達成した、
同期のピッチャー溝畑圭一郎と私だけになってしまった。
その「完全試合」も試合が終わって放送でそれが告げられても、何のことかよく解らなかった、そんな時代だった。
世の中はホントに変わるものだが、昔はよかったなと思っている。