ライズ外伝

仕事以外の趣味のコーナーです。
主にお出かけが多いです。
ポタリングしてます。

古河城ポタリング

2022-06-01 | 道中
つづき

結論からいうと3県境界線には行けませんでした

昼飯を食べるまでは元気だったのに

関宿から渡良瀬遊水池までは17k

一時間半は往復すると3時間

関宿から家まで3時間、これから6時間走る計算

今は12時半くらいなので7時までには帰れそう

そんな算段





千葉県は川に囲まれた島という説を検証をするため

舟で川を走ったがこの水門を渡れませんでした


ここからが江戸川

昔は太日川と呼ばれていました

海まで60k





江戸川を渡り五霞町へ

茨城県の飛び地?

そろそろ工事が終わっていると思ったが迂回することに






利根川の海から122k地点

渡良瀬川の入り口まで10k

風が少し強くなってきた







首都圏中央道を通過

道が整備され走りやすくなったけど

全部が整備された訳ではない








再び迂回

堤防の上り下りは疲れる

知らない道は距離をロスしていそう


「穴薬師古墳」

古墳時代のモノでなく奈良時代に造られたのが珍しいという

円古墳







ヤクルト工場前を通る

他にもキユピーの工場やダイソーもある

何も無いと思ったが雇用はある






土手沿いに戻るもまた迂回

前回も栗橋周辺はスマートではなかった

宿場町の方から橋に向かう






何だかんだ橋を渡るまで1時間位かかる

家を出て50k

往復100k確定







橋に境界線があると思ったが見つからなかった

古地図には町が一つあったが無くなっている

栗橋は日光奥州街道の重要な拠点





宇都宮線をくぐる

なんとなく松戸の田園風景と似ているような

この辺も元は下総国









「渡良瀬川入口」

海から132kなので10k

あと7k








するとまた工事中

迂回

だんだん疲労が増す







またよく分からない道を走る

寄り道も新たな出会いがいい

でも大分リズムが崩れた







再び土手に戻る

一時間半位かかった

後5kくらいなんだけど

この辺で家から55k

帰るのに6時間かかるとみた

大変







とりあえず「古河城跡」をおさえる

3県境界は諦める

日は大分長くなったんだけど





「せっかくここまできたのに」と思うと引き返せないけど

時には決断が重要

猪突猛進は危険




つづく













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境町ポタリング

2022-05-31 | 道中
つづき

心残りはあるけど引き返してよかった

帰りは「向い風」に泣かされました

疲労+逆風

思うように自転車が進みませんでした





帰りも当然迂回コース

迂回しなければまず通らないであろう集落

焼き鳥屋さんやから揚げ屋さんは見つからず・・・


新しい出逢いは特になし


再び土手にもどる



緑一面化と思いきや、いろんな色の風景

北海道の美瑛みたい?な

黄色いのはもう新米なのか?麦なのかは不明

松戸では見かけない色合い


帰りは茨城県から堺橋の方を走る

何も無いと思って走っていたのですが

「古水海城跡」があったようです

古だから少し移転した所にも城を構える


川のそばの城というと豊臣秀吉の水攻めを思いうかべる

川の水を堰き止めて一気に流されると城ごと流されてしまう一計

忍城で石田三成が真似をしてやったが忍城は最後まで残った

三成堤が残っている


川のそばに城を構えるメリットは水運をおさえられる事

戦国時代は下克上と言われるように秩序はない

海賊ならぬ河族だったのかも

敗者の歴史は残らぬ





圏央道は橋を増設している

片側2車線になりそう

しかし圏央道はあまり話題にはならない


関宿城が見えてきた




122kが利根川と江戸川の分岐地点


徳川家康が利根川を銚子の方に流すようにした経緯

そのお陰で江戸川下流の方に人が住めるようになった

銚子で捕れた魚を利根川と江戸川を使い江戸にいち早く運べるようにもなった

関宿は水運の拠点でもあった


軍事的にも重要な拠点

城主は大名の久世氏で江戸城での内堀内に屋敷がある

御老中





茨城県側には「境河岸」がある

東北の物資をここで船に乗せ江戸に運ぶ

鉄道が栄える前は水運の時代

駅前が一等地だったように

河岸の周りが一等地だったと思える








堺の渡し

今でも「渡し船」はやっているようです


江戸時代には利根川に橋は架かっていませんでした

関宿と堺は「日光東環道」だったので

歴代の将軍様が日光に詣でをする時は通る道でもありました

かなり重要度の高いルートだったと思えます









旧市街道を少し走る

橋がある方の通りが今の本線

渡しから続く道なりが旧道


「道の駅」

木を使ったインパクトのあるデザインの建物が

国立競技場をデザインした人と同じデザイナーの作





ここでで休憩

残り36k



市じゃなく町なんだけど

力を入れている感じが伝わります

魅力度最下位脱出はこういった努力にあると思えます







帰りは江戸川沿いの町中を走る


気になった寺に寄る

「清流山雲国寺」1465年創建


江戸時代以前なのがいい

移転してこの地にあるんだけど

境内に『貝塚の跡』があるのが凄い

縄文時代から存在しているのがロマン





なんとか江戸川土手にもどる

さー、気合を入れてがんばろーー

なんか進み具合が悪い

風は強くはないけど向かい風


平均速度は13~15kくらいなんだけど

10k出るか出ないかくらいの速度

風に乗ると20k位は出るのだが

帰りは疲労も重なり力が出ない


土手は平坦なんだけど緩やかな登りレベル

強風だと進まないけど緩やかなのは地味に堪える


ウォーキングが5k位だけど、ジョギングは10k、マラソンは15k

選手なら20k以上で走っている速度


10kmの道は時速60kで走れば10分で走れる

30kだと20分、15kだと40分、7kだと80分もかかる計算

自分は平均10k1時間なペース

(エンジンとは違い10kも人力は同じ速度では走れない)





日が暮れてきた

今の時期は7時くらいまで明るい

鉄橋からはのこり20k、2時間で帰れるはずだが

2時間半かかった

流山市内に入ってから風が弱まったので助かった


関宿方面はあまりいい思い出は無い

帰りの辛い記憶が多い

ある意味修行モード

上級者向けのコースに思う


北方面は冬、南方面は夏の方が帰りが吉

今回は午後に風が強くなったのが誤算だった

事故もなく怪我も無くて何より

110k、無事に完走しました











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ライズツアー(葛西臨海公園)前半

2022-05-22 | 道中
なんとなく東京湾が気になった

そうだ、臨海公園へ行こう

ブラタモリの影響です




家から葛飾橋まで5k位

東京と千葉の県境からのスタート

最近コレを発見しました









東京都側を走ります

天気は『曇り予報』だったのですが

所々小雨が降りました


風もなく暑くもなくベストコンディション






『金町浄水場』と『矢切の渡し』を通過

寅さんのイメージで給水塔と渡し船は柴又のモノになっているが

給水塔は『金町』で、渡し船は『松戸』






土手に上がらず河川敷を進

体力温存

寅さん記念館で10k

次の小岩菖蒲園で15kといった距離







『小岩菖蒲園』に寄る

まだ少し早かった

スイレンの花も咲いている






最出発

海まで10kくらい

10k一時間のペースが読めるようになると楽

帰りの事も頭に入れておいた方がいい





『ポニーランド』到着

この先、旧江戸川と江戸川放水路に分かれる

ここで引き返すのも一つのコース


この先は工事中もあり一般道を走る事もある

自転車専用道がないので要注意です










自転車道は右にあったり、左にあったりと忙しい

時には護岸工事をしているので狭い道を車と並走する


スポーツランドを通過




旧江戸川は造船所も多いのです

マリーナもあります


水辺のスポーツガーデンを通過





自宅から20k地点

江戸川区江戸川

流山には江戸川台があり、飯田橋の方には江戸川橋がある

江戸に通じる川だから江戸川だとか


見えるは『江戸川清掃工場の煙突』

解体工事が始まっています

ゴンドラで最上階まで行く光景に見とれました


かなり前から見ているんですけど

高さは変わったのかな?

二度と見れない景色かも


つづく











































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ライズツアー(葛西臨海公園)後半

2022-05-21 | 道中
つづき


「交通公園」はここに移転

高い所を走るカートは無くなりました


江戸川は南北に走っているんですけど

このエリアだけは東西に走ります






再び堤防沿いを走る

この辺に「地盤沈下観測所」がある

川の方にはクルーザーが停泊中

いざとなったら・・・






「今井橋」をくぐると元交通公園

更地になり通行止め

『瑞穂橋』を渡る


これがかなりの山越え

中川と合流する

橋を渡ってからからが狭いので要注意







「新川東水門」は解体中

この川は江戸とつながる重要な水運

プラタモリでやっていたやつ






「浦安橋」で雨が強くなる

雨宿り

この辺で25k弱

本来なら海のはずだけど誤差なのかな?






小雨の中を進

左は「妙見島」

入口は浦安橋だけ






雨が止まないので大型ショッピングモールへ

住所は『雷』

ここで弁当を買って海辺でランチするのもあり

冷凍自販機が充実していた







「野菜たっぷりちゃんぽん」

450gはマサカヤーー



小雨は続いている





再び堤防に戻る

ディズニーが見えるとテンションが上がる


(なぎさ公園も立派な公園)

江戸川区は親水公園が充実している




「葛西臨海公園」入口に到着

とりあえずゴール

30k位

園内はかなり広い

海を観て帰らないともったいない



つづく
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ライズツアー(葛西臨海公園)延長

2022-05-19 | 道中
つづき


駅が近いので万が一の時は自転車を置いて電車で帰れる

もしくはホテルもあるので一泊して帰れる選択肢もある

最悪を想定し大胆に行動する勇気も大事






海に到着

どんよりした天気

海まで自分の自転車で来たというのが何よりいい






今回はオリンピックのカヌー会場を観るのも楽しみ


何やら工事中







改修工事

完成していなかったのか?

オリンピックの名残は見つけられなかった






臨海公園は海だけでじゃなく緑も多い


でも天気はよくないので長居は無用


気候が良ければ園内を探索するのも楽しい





水族館は有名なデザイナーの作品


なんとなくディズニーが気になる


まだ体力に余裕があるので






千葉県側に移動


「舞浜大橋」を渡る


橋の境界線が気になる







橋のツギハギが境界線ぽいけどあのマーカーは無かった


大体中間位


余談だが江戸川には県境がはっきりしていないエリアがある






千葉県に入ると雨が降り出す


ヤシの木の並ぶ道はマイアミか


(千葉フォルニアというのも他にある)







あの標識が邪魔


かなりグッとくる景色




ホテル街の景観はいい


新しく出来たホテルは何か違う、けど目立つ






35k位


往復70kになる


この距離は関宿と同じくらいな距離になる


(ここまで来れれば関宿方面にも行けるようになる)



体力に自信のある方は荒川大橋を渡り若洲方面へ行き

「東京ゲートブリッチ」まで行くのも可能となる


登山と同じく、いきなり富士山を登ろうとせず

低い山を登って足を造ってから挑む


目的地につくのがゴールではなく、家に帰るまでがゴール


痛いと思ったら無理をしない

諦めず頑張って達成すればいいってものではない

進も勇気、降りるのも勇気なり


足が攣るのはハードワークもあるけど水分不足もある

エネルギー不足だと力が出てこない

暑い日は熱中症の恐れがあるので無理はしない


「水」と「スポーツドリンク」の2本流がおすすめ


事故と怪我がないのがなによりです


では













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ライズツアー(手賀沼コース)1

2022-04-16 | 道中
今回は手賀沼一周50kコースへ

片道25kの往復

あの手賀沼まで坂道を1つ登るだけで行けるのです

ほぼ平坦コースようなもの




この日は風もなくいいコンディションですが

真夏日でした

新松戸のきょうちく通りけやき通りへ






坂川を越えてから右折

武蔵野線のガード下を目指す

(横須賀経由のアンダーパスを回避)






鰭ヶ崎駅の脇の踏切を目指す


踏切を越えたら宮園の大学方面へ


セントラルパーク駅と運動公園の方面を目指す






新しく切通でできた坂道

傾斜的には江戸川土手のアンダーパスより緩やか

「ここだけ」で後はほぼ平坦なのです!


運動公園まで6k位

初心者は公園に寄って帰るとちょうどいいかも

この辺の道も整備されます






「おおたかの森Sc」方面へ

真っすぐ行くと野田線のアンダーパスがあるので

コンビニの脇を右折






道なりに進むと踏切

この野田線が一番高い山になっていて

ここを越えれば「大堀川」へ出られます


川まで行けばあとは川沿いに手賀沼まで行けます

大堀川水辺公園を目指す

この辺は複雑なので学習が必要







公園の中からも川沿いの道に入れます


川沿いを駒木橋方面へ


豊四季駅前の道に出られます

(この道が今までのルートでした)





駒木橋から桜並木が続きます

今回は一週間遅い感じです

ベストシーズンにこれたら最高


豊四季駅経由の方が距離は短いですけど

豊四季駅を越える坂や駅周辺が大変です

ここまで10k弱

近所にカシワデと食事をするところがあるので

寄って帰るのもいいかもです



つづく


















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ライズツアー(手賀沼コース)2

2022-04-15 | 道中
つづき


桜の季節は最高なコース

ちょっと道は荒れています









柏警察

去年来た時に鞄を落としてしまい寄りました

残念ながら未だに鞄は見つかりません

当然中の財布もでき来ません・・・







16号を越えます

ここからちょっと難所

6号と常磐線を越えるのが大変

(複雑なので学習が必要)






橋を渡り右岸へ

6号線と常磐線の橋の下をアンダーパス

自転車は降ります

(重たい自転車の人は迂回)





再び川沿いを走れます

ここの右側に旧水戸街道の常夜灯があります

見落としやすい


我孫子周りなら橋を左折

柏は直進

今回は柏周りで





この辺から自転車と歩行者・ランナーがセパレートされます

自転車は左、人は右

いろんな人がいるので注意







この辺りで15k弱


手賀沼の入口


柏には「柏ふるさと公園」があるので

ここで休憩して帰ると30kコース

(ビジターセンターを見学するのもよし)









柏の駅方面へはここから近いけど

激坂

旧水戸街道からくるコースもある










ビジターセンターを過ぎて橋を渡る

大津川

予想より細いが昔は重要な拠点だったもよう






橋と道の駅が見えてくる

ここで休憩


20k弱


(大橋を渡って我孫子側から帰るコースもあり)





新しい店もできたいた

天気が悪かったら店でもいいけど

風が無いのでテイクアウト




つづく




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ライズツアー(手賀沼コース)3

2022-04-14 | 道中
つづき



温泉も昔の道の駅もまだある

だいたい2時間もあれば来れる距離

スーパー銭湯の日帰りもあり






今回は湖を観ながらランチ

沼より湖の方がイメージはいい

沼の南と書いて『沼南(しょうなん)』


この日は風は無かったが真夏日

暑かったです

日蔭を選んだ方がよかったかも

でも手賀沼ビューは捨てがたい





食後に日陰に移って休んでリスタート

橋を渡って帰るのもありだけど

一周して帰る

(+10k弱)





昔のこの辺は『香取の海』だったと言われる

手賀沼と印旛沼は埋め立てて整備されたらしい

木の多い所が陸だったと考えられる






雨が降っても雨宿りが出来る場所もある

トイレも完備されているので

なんとかなる地域

(道の駅周辺よりこの辺の方が空いている)





手賀沼の最東端


25k位


ここで橋を渡り折り返す






フィッシングセンターも休憩場所

道の駅が混んでいる時はこっち

自販機も多くある






柏市から我孫子市へ

野球の名門高校ののグランドはココ







我孫子市側は道が狭い


途中までは道が2本ある


そして一つになる





湖のそばに釣り堀がある

海のそばのプールみたいなものか

色んな人のニーズがあるらしい






桜にも色んな種類がある

ソメイヨシノ以外にも10月に咲く桜もある







藤棚はまだだった

菜の花はまだ残っている







手賀沼ま大橋まで来た


28kくらい


こっち側にも『道の駅』みたいのがある

我孫子周りならここでランチタイム


橋周辺は市役所もある繁華街

選択肢は多い





大橋の下をアンダーパス

ここでカバンを落としたことに気が付いた場所

あ~~~~~






左は護岸整備中

新しい道が出来そう

右側は住宅街






手賀沼公園


この辺で30kくらい



図書館などもありここ目的で帰るのもあり

我孫子周りならここも重要な拠点









公園から先は一般道

道が広いので安心して走れる

桜並木になっている

北柏ふるさと公園から大堀川沿いでもいいのだが

今回は真っすぐ進む

迂回コースを通る

(公園で湖一周となる)



つづく







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ライズツアー(手賀沼コース)4

2022-04-13 | 道中
つづき



国道6号線方面を目指す

常磐線と6号を通過

ここからがややこしい






コンビニの角を左折

道なりに進み橋とコンビニの前に出る

学習が必要






大堀川に出る

行は橋を渡り右岸を走った道








後は川沿いに進む

同じ道でも

行と帰りは景色が違う







16号をアンダーパス

ヒビの入った道は危険

桜の木で地盤がよくなるらしいけど






『ウナギの水切り場』

川沿いに走るもう一つは『うなぎ街道』と呼ばれる道

流山加岸と布施弁天を繋ぐ








少し走ってうなぎ道を走る

『かしわで』で寄り道








近所に源氏の寄った寺と神社がある

この辺は平安時代から存在する

(諏訪神社と成顕寺(じょうけんじ))







今回は駒木橋を渡り坂を上がって帰ります

おおたかの森から帰れば坂なしで帰れますが

今までのルートを紹介












坂を上がると『豊四季駅』前の道に出る

ところが、真っすぐ行けません

なので踏切に迂回(左折)

(車が多いので注意)






再び駅前の道に出る

有名なパン工場の前を通る








かなり急な坂

ここを登るのは大変

でもこの坂を一つ登れば手賀沼に行ける


野田線を越えるのが難所

おおたかの森の踏切か、豊四季の踏切かだけど

まだまだ違うルートはあるのかも








坂を下ると坂川の源流


手賀沼と地下で繋がっている


『北千葉導水路』


公園にもなっています






後は坂川沿いに帰るだけ

八木南橋の学校脇の道は


◎柏駅方面へ坂無しで行けるルート!

(6号のイオン前まで行ける)






流山の免許センターの前の道を進む

橋の下は坂川と分岐する富士川


◎この川沿いに行くと旧水戸街道に坂1つで行けるルート


旧水戸街道からも手賀沼に行けるが

一般道なので車と並走して走ることになる


サイクリングロードの方が安心して走れる





幸田は丘になっているエリア

体力に自信のある人は登った方が近いかも

低地のヘリに沿って走る






消防署の辺りから小金城趾駅を目指す

駅横の踏切を渡る







横須賀の橋の道に出る

この橋は昔TVで紹介され有名になるも

残念なことが起きタブーとなる






武蔵野線のアンダーパスを通れば

終点

約45k位


最短コースで行けばもっと近いかもだけど

最楽コースの方が長距離を走れる

色々と試すのがいいかも






では


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印西道ポタリング1

2022-03-30 | 道中


馬橋から行く『印西道』が古代道ではないか検診

今回は柏の藤心、塚崎まで

その先が『香取の海』だったら陸は通れないはずなので






ここが『馬橋』の地名の由来となった橋

東京の杉並区にも同じ地名が残る

旧水戸街道はここを通っています

昔のメインストリートはこの道






そしてその下を流れているのが『長津川』

名前の由来が今一つ分かっていません

津が付くのだから『港』ではないかと推測

『中根長津町』の地名が残る

(川の河口の方が長津町)






旧水戸街道の萬満寺に向かう途中に

『中根寺』がある

江戸時代に移転してここにあるらしいのだが・・

寺でも個人宅ぽい系

本来は凄い寺院で地名の元でもある






臨済宗大徳寺派法王山萬満寺

鎌倉時代創建で元は真言宗の『大日寺』

戦国時代に臨済宗の萬満寺に改宗


なぜ、低地に建てたのか疑問

裏に高い丘があるのにあえて

街道沿いに意味があるのだろうか

水戸街道もココでクランクする

真っすぐ行けば小金まで坂は少ないのに

道は坂を登って行くルート


萬満寺の前の道に東条と西条の小字名が残る

元は街道ではなく城下町のような集落だったのかもしれない

『城之越』の小字名も残るので何もない土地では無いはず


お城の登場は戦国時代辺り

それ以前は館とか砦

お寺も僧兵がいるように武装されている






このクランクして坂道を上がっていくのが『印西道』でもある

そっちが先か?水戸街道が先なのか?なぞ

(旧水戸街道は鎌倉街道の下ノ道とも言われる)


この坂は『江戸見坂』とも言われ

ここがら下総台地に入る

関東平野はここまで







バス停の所に

『馬橋厳島弁財天』がある

今は小さいが昔は『弁天』という小字名になるほどの神社

(広島の厳島弁財天は平清盛が保護した神社系)






坂を上がると八ヶ崎の交差点

ここに『石碑』がある

旧水戸街道は国道6号と合流する





更に坂を上がっていくのが『印西道』

ここが追分でもあり1里塚もあった場所

一里塚は水戸街道のもの


明治の地図では南側の道に木下道と表記

区画整理で道が一部消える

今回はバス通りを進






桜並木のバス通り

バス停にも昔の字名が残る大事な情報源

バス停には『上ノ台』と付いていて

この辺りに『北道合・南道合』の名が公園に残る


この先道なりに真っすぐ進んでいく

旧道は『子安神社』の方を通る道ですが

明治の地図には神社と寺が載っていない


『地図は嘘をつく』

軍国主義の時代は重要な施設などは載せないようにしているとか

道の大きさなんかも軍事上、曖昧の方がいい

正確な地図は敵に攻略されやすくなる恐れがある







『水砂』って何?この土地の状況を示しているのか?

他にも『吾妻』という小字名が残る

大和ぽいかも

新堀込とか大作とかはお城に関連してそうだけど

野馬追の意味合いもあるので判断は難しい





八坂神社前から一方通行になる

自転車は真っすぐ進める

それが自転車の利点







佐野八坂神社

気になるのは『八坂大神』にしてあること

大神にする意味はなんだろう


『佐野』と『川越』の地名が残る

移住してきた前の地名を付けたらしい

でもこの地域は重要な起点

古代道と交差する地点だからだ


明治の地図には

木下道・手賀沼道・松戸道と書いてあり

印西道とは書かれていない

なぜ?


水戸街道は明治に入って『陸前浜街道』と改名

でも浸透していない

東京というのはこの頃から使われる



つづく




























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印西道ポタリング2

2022-03-26 | 道中
つづき


八坂神社から2又に分かれる

その次に古代道候補と合流する

印西道の一部は古代道でもあったのだ


しかし、ここからのルートが問題

柏の呼塚の方面なのか?藤心の方面なのか?

香取の海をどう渡ったのかがポイントとなる


右側のルートは鎌ヶ谷方面に向かっており

『お鹿狩り』の道である

将軍様一行が五香の『御立場(おたつば)』へ向かう






なんでアメリカ?ホダシ内って?

小金原方面に行く道で区画整理され新しく出来た道

『茂呂神社』へ行く道は消滅

由緒ある神社なんだけど小字名は残っていないのが残念


この道が古代道とは違うとなると

市川・矢切・松戸・馬橋から

流山の東福寺・三輪野山・茂呂神社・諏訪神社・成顕寺から

柏の呼塚から手賀沼(香取の海)を避けて

我孫子を通過していったルートだったのかもしれなくなる


そうなると、本土寺はどの道で行ったのだろうと疑問が残る


印西には金ケ作から五香へ行き鮮魚街道ルートもある

印西の浦部に行くのは1つではないかも










そっちではなく直進する

ホダシの意味は、馬の足にからませて歩けないようにする綱。 ... 手かせ。足かせ。身動きできないように人の手足にからませるもの。 ... 妨げ。さし障り。束縛するもの。

小作とか大作もあるので野馬除けの可能性が高い


アメリカ風のフウは『楓(かえで)』と書く木の名前のこと

他にも『たいわんふう』もある

松戸市には『ハワイ通り』もあるのでまぎわらしい





古代道候補との合流地点

まったくそれらしき雰囲気は無し

うっかりすると通り過ぎてしまう





しかし以前に『軍用線』の通っていた場所

石碑はなくなったが新京成電鉄の前身はこっちの方まで走っていました

なぜこっちの方までひいていたのだろう

この辺に何か重要なモノはあったのだろうか

意外に軍用線と古代道候補とは同じルートを走っていた


地盤がいいのかな?

鉄道は基本的に高低差が少ない道に造る







石碑があるも読めない

地蔵と合体タイプ

大師道?





柏市に入る

この県道51号が官道の可能性もあるけど

藤心、塚崎、印西方面ではない

逆井で分岐する





町の案内板

公園に『右大道』という名がある

公園、橋、バス停には小字名が残っているので要注









庚申塚が多めにある

こういうのがあると古道感が増す

平安時代から庚申信仰はあったらしいけど

これは江戸時代のものらしい

小字名は『庚申塚』







印西道はここから右

逆井駅方面へ

金ケ作の所もそうだけど

神社や寺が無いのは何でだろう

重要な追分にも思うのだが

小金牧だったからか


つづく













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印西道ポタリング3

2022-03-22 | 道中
つづき


印西道は逆井駅から上の方へ進む道

大津川をどう渡るかが問題

『香取の海』が川まであったとすると

印西道は江戸時代の道だった可能性がある


下の方が『明神社』

伊勢神宮の『御厨』とも言われ伊勢の方向に社殿が向いているほど

でも創建が鎌倉時代末なので微妙ではある

川の向こうは島で『茜津』ぽいけど、

大津とかぶるのでまぎわらしい

ここから船で手賀沼を渡ったのか

定かな情報が無い






東武野田線の『逆井駅』を通過

逆井は『さかサイダー』というのが名物

『かしワニ』に『さかサイ』

柏市は動物大国かっ


後日調べたら

『狢台公園(ムジナだい)』とかがあった

増尾はサザエさんのマスオさんを連想してしまう








と、ツッコミながら進むと『馬頭観音』

ウマ

三猿もいる


古地図によると

駅とここの間に『子神社』があるはずなんだけど

宅地化されていた

子とはネズミで大黒様(大国主)祭る

(子神なので子安神社の誤植の可能性も)







また分岐点

左が印西道

右が官道候補

今回は印西道へ






藤心1ー1

石造には『光明真言』と記されている

ざっり言えば、魔除けのお経みたいなものらしい


ここからやや長い下り坂となる




コンビニの所に出る

意外に交通量はある道

平面の地図とはイメージが違う


字名は『一本松』

裏に川が流れる低地

既にここからもう『海』だった可能性がある








大津川まできた

なんもない、昔と似たような風景なのか

平安時代は海だったのかが不明

貝塚はあるのかな?






川幅は狭い

大津川の名ほどではないが

将門は『大井』に都を創ろうとしていたという伝説が残る

大井津だから大津であり琵琶湖の大津京を模倣したとも

大井には『船戸』と『新船戸』の字名がある







『下橋』

北の方が『権現橋』、南は『芦川橋』

ヒントになるような地名が無い










坂を上がると墓地がある

地蔵らしきものもあるが腐敗している


近くには『白幡』の字名があり『源氏』に関連がある系

ちなみに、平家は赤旗






二又があるが左方向

塚崎の一部は区画整理され道が消える

16号の手前の道まで来た

今回はここまで






中学校の横に『風早村道路元標』

荘園制度時代の風早荘の地名が残る

松戸の上本郷にも『風早神社』の名を持つ元館がある

『惣台』の小字で惣領だったともいわれる





『香取の海』の予想図

陸路だけで常陸国へ行くのは無理

(現在地は手賀沼の手の字の左上の窪み辺り)

茜津とは海を渡る港駅にも思える

個人的には島がいくつもあったと推測する

大島という地名があるから大津川から先は島だった思う


今の手賀沼周辺には平将門に関する神社が多々残る

将門の本拠地は『猿島郡』

市川松戸流山野田坂東と陸で繋がっているので

馬で移動しやすいのは分かる

でも、手賀沼周辺は船が無いと移動できないような

馬も船に積んだのかな

それとも馬で渡れるような浅瀬だったのか

・・・昔の馬はポニーみたいに小さい馬だったし・・・

その辺の想像力はいかに

細長い島のような地形は馬の管理がしやすいという

将門の時代から馬を管理していたのだ

小金牧の前身は将門にある




こっちが現在の地形

印の位置が流山の鰭ヶ崎の東福寺

そこから東の真ん中辺が大津川

そこを越えれば陸(島か)


昔の下総国の地形は今とは違う

家康が江戸時代に利根川を銚子にひいて水の流れが変わり
手賀沼と印旛沼も開拓した


地名の『塚』はお墓の意味があるけど山のような高い土地でもある

亀は『水』に関するが島のように丘のような高い土地のことでもあるという


香取の海をどう渡ったのか?

以後調査






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荒川放水路0kポタリング(前)

2022-01-14 | 道中
新春初乗りは

2回目の荒川サイクリングロード

前回は堀切橋の10k地点から走り始めたが

今回は岩淵水門からのスタート




岩淵水門から河口までが人工的に掘られた荒川です

中流で綾瀬川と合流し、下流で中川と合流

明治末に着工し昭和初期に完成

全長24k







旧岩淵水門が赤門、今の水門は青門

旧の方が本来の水門の位置

こっちからスタート






土手を登り青水門前を通る

青水門は1982年(昭和57年)に完成

赤水門は1924年(大正13年)に完成したとのこと






土手を下る

海まで20k

2時間で行ける距離

風が無くベストコンディション










ゲートが開いていた

締まっている時もあり降りないと渡れない狭さ

鹿浜橋を通過






江北橋を通過し

扇大橋も通過


舎人ライナーはこの前の地震で大変だったもよう






西新井橋を過ぎる

あまりにも順調すぎぼっとしてきた

千住新橋を振り向いて撮る

常磐線まで来た








京成本線、堀切橋を通過し

金八エリア

3年B組金八先生を知っている人は少なくなってきた感はいなめない







京成を過ぎて土手を登る

隅田水門を通過

隅田水門は隅田川と荒川を結ぶ水路

鐘が渕ともよばれ古くから存在する

古隅田川はここで合流していたとも








再び土手を下りる

残り九キロ

6号線と四つ木橋を通過

この辺りから風が出てきて進みが悪くなる

冬なのに南風






つづく





















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荒川放水路0kポタリング(後)

2022-01-13 | 道中
つづき



向かい風が吹き出す

已めるなら今のうち

6号線で最短で帰れる

残り9kなら何とかなりそう

帰りは追い風だから、もったいないなどと葛藤する








木根川橋を通過

残り8k

葛飾ハープが見える







7kの標識が右にあるのはここだけ

平井橋を通過

千葉街道でまだ帰れる






総武線を通過

14号も通過

14号でも帰りやすい


あと5k





船堀橋を通過

都営新宿線を通過


河口はほとんど目の前なようなモノ

行くでしょう







土手に上がる

『荒川ロックゲート』

旧中川と合流する地点









河川敷に降りる

旧葛西橋

昔の葛西橋は少し上流にあった

旧道も同じく上流に







葛西橋を通過

清砂橋も通過

あとちょっと









荒川の上流の石が飾られる

こんな大きな石が流れて来たのかと思ったら

普通に運んできたようです






そしてゴール

0kポイント

なんか感動が薄い

川の果ての感じがしない

まだ先が見えるからだ

でもこの辺が元河口口

時代と共に埋め立てられている







その先には『新砂リバーステーション』がある

ここで行き止まり

この辺でUターンして帰る人が多い






景色はこんな感じ

荒川河口橋が見える

その向こうが『海』

右は夢の島、左は葛西臨海公園









土手の上にも0kポイントがあった

こっちの方がなんとなくいいかも
.


向いの方には『荒川中洲南端』があるみたい

次回はそっちもチェック

工事が終わり通れるようになったもよう
(まだ全線回復してないのかな)


では.















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2022帰郷RIDE(前)

2022-01-08 | 道中



2年ぶりの帰省

コロナは治まりつつあるがこの正月で第6波が起こると予想

公共機関を使わなければ拡散しないはず

自転車は安全

4時間かけて帰りました





流山橋から草加へ

流山橋までは4kくらい

ほぼ一本道で川口を目指す






中川の八条大橋で8kくらい

外環の下が難所で旧綾瀬川で10kといったところ

天気は曇りでやや肌寒いコンディション







自転車専用レーンは自転車の安全地帯なモノ

車道は車に邪魔にされ、歩道は歩行者に嫌われる

でも自転車専用レーンはタクシーとバスに煙たがれる

自転車が安心して走れるのはサイクリングロードだけなのだろうか?







旧日光街道

綾瀬川が近くにあると水運でも奥州に行けたようにの思えるも

旧綾瀬川ではないので微妙





綾瀬川の『谷古宇橋(やこうばし)』

その上に見えるのが『矢立橋(やたてばし)』

この辺が草加宿

江戸時代の風情が残る






東武伊勢崎線を越え、国道4号

一時間位

空が少し変わってきた





4号線の次は103号

川口市に入る

34号線






首都高の川口線までくる

ここでちょっとしくじる

左に行った方が近道だった





道路標識の解釈を誤る

旧鳩ケ谷市を走る

埼玉と言ったら『白子鳩(しらこばと)』が有名


ニトリを曲がり122号(岩槻街道)へ






新芝川を渡る

この通りは『埼玉高速鉄道』が地下に走る

岩槻街道は『日光御成道』の別名でもある





川口元郷駅、この辺が川口市の中心地

西川口はチャイナ化されているらしい


荒川の『新荒川大橋』

25k2時間くらい

天気は良くなりました







つづく














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