昼過ぎ、母からの電話で目覚めた。
実家近くのスーパーが閉店したことを熱く語っていた。
三升屋やFKDインターパーク、ベニマルの出現により、スーパー激戦区となりつつある、我が故郷雀宮。
一瞬、センチメンタルな気分になったが、私の幸せタイムである「まどろみ」を阻止されたことに、少々苛立った。
そんな私に気付かず、彼女は喋りに喋り、一時間も会話し続けた。
彼女との会話にぼんやり浮かぶ幼き日々の私。
幼少の頃、母の漕ぐチャリンコの後ろに座り、よく連れていってもらったスーパー。
帰りに高砂公園の滑り台で遊ぶのが定例であった。
遊び疲れると、再び私は母のチャリンコの後ろに座わる。
そして、「正嗣の餃子」に寄り、餃子を食べる。
初めて一人前を完食したとき、母は「まあ凄い」と喜んでくれた。
満腹になった母子は、またチャリンコに揺られ、帰宅する…そんな幼き頃の光景が蘇ってきた。
育児とは、なんと孤独な作業なのだろうか。
日本語が通じない子供と一日を過ごし、母は気が狂わなかったんだろうか。
「ママって子供好きだったの?」
私は訊いてみた。
「ううん。大っ嫌いだった。」
という返答が。
嫌いでもあれだけ愛情を込められるだなんて、やっぱ母親って凄い。
自分がたぶんならないから、余計にその未知なる母性に感嘆してしまう。
母親が子供を可愛がるのは、精子よりもより栄養分がある卵子を提供した雌が、見返りを求めるからだという説がある。
勿論、父にも愛されたのではあるが、母のそれは上記の卵子養分説を信じてしまうほどだ。
毎月、無駄に卵子を放出している我が身体。
この遺伝子の行き場は無い。
子供嫌いという私の強い思いにより、40億年以上続いた命のリレーはあっけなく途絶えるのだ。
まあ、仕方がない。
今私にできることは、精子と卵子を提供するだけではなくちゃんと育ててくれた両親に、孝行することだ。
遺伝子を残せない私だが、生んで良かったと一瞬でも思ってくれたら幸いだ。
ああ、久々に「正嗣の餃子」が食べたくなった~。
実家近くのスーパーが閉店したことを熱く語っていた。
三升屋やFKDインターパーク、ベニマルの出現により、スーパー激戦区となりつつある、我が故郷雀宮。
一瞬、センチメンタルな気分になったが、私の幸せタイムである「まどろみ」を阻止されたことに、少々苛立った。
そんな私に気付かず、彼女は喋りに喋り、一時間も会話し続けた。
彼女との会話にぼんやり浮かぶ幼き日々の私。
幼少の頃、母の漕ぐチャリンコの後ろに座り、よく連れていってもらったスーパー。
帰りに高砂公園の滑り台で遊ぶのが定例であった。
遊び疲れると、再び私は母のチャリンコの後ろに座わる。
そして、「正嗣の餃子」に寄り、餃子を食べる。
初めて一人前を完食したとき、母は「まあ凄い」と喜んでくれた。
満腹になった母子は、またチャリンコに揺られ、帰宅する…そんな幼き頃の光景が蘇ってきた。
育児とは、なんと孤独な作業なのだろうか。
日本語が通じない子供と一日を過ごし、母は気が狂わなかったんだろうか。
「ママって子供好きだったの?」
私は訊いてみた。
「ううん。大っ嫌いだった。」
という返答が。
嫌いでもあれだけ愛情を込められるだなんて、やっぱ母親って凄い。
自分がたぶんならないから、余計にその未知なる母性に感嘆してしまう。
母親が子供を可愛がるのは、精子よりもより栄養分がある卵子を提供した雌が、見返りを求めるからだという説がある。
勿論、父にも愛されたのではあるが、母のそれは上記の卵子養分説を信じてしまうほどだ。
毎月、無駄に卵子を放出している我が身体。
この遺伝子の行き場は無い。
子供嫌いという私の強い思いにより、40億年以上続いた命のリレーはあっけなく途絶えるのだ。
まあ、仕方がない。
今私にできることは、精子と卵子を提供するだけではなくちゃんと育ててくれた両親に、孝行することだ。
遺伝子を残せない私だが、生んで良かったと一瞬でも思ってくれたら幸いだ。
ああ、久々に「正嗣の餃子」が食べたくなった~。