「3・11」の日付は、強く日本国民に刻印された。
まだまだ災害の爪痕が厳しく、人々の生活に影響を与えている。
今日で、ちょうど三か月だ・・・。
神戸の震災の時は、一ヶ月後の行方不明者は、たったの2名だった。
しかし、今回の東北は、まだ7千人とも8千人とも言われる・・・
ものすごい人数(数字)で、「津波」という天災の怖さを思い知らされる。
全国から集まった2500億円ともいわれる義援金は、被災者には
ほとんど届いておらず、わずか15%ぐらいしか配られていないと言う。
東北の復興作業をやり遂げるためには・・・現状として・・・
国の法律が壁をつくり、作業を止め、被災者の苦痛を高めているのに、
中央に鎮座ましましている政治家の動きは、政権争いが主で・・・
特別法案を採決する動きさえも聞こえてこない。
いつまで、このようなダラダラしたことを続けるつもりなのだろうか。
せめて、前進していかない理由を (国民に対して) 明確な背景を
説明する必要があるのではないだろうか。
現地で、義援金が手元に届いたり、仮設住宅の建設がすみやかに
はかどっているのは、民間の業者やボランティア団体などが入ったから
・・・などという「切ない話」を聞くことがある。
「国のやるべきことは、何なのか」・・・全く理解していない政治家の
日々の利権争いの報道を見るのは、本当にやるせない。
がれき撤去のボランティアに行って、汗を流してくれば・・・
代議士先生の切実感が(少しは)増すかもしれないと思ったりもする。
ボーイスカウトのように、韓国の徴兵制のように、たとえ数日間でも、
国会議員(全員)に「ガレキ撤去作業」を課してはいかがだろうか・・・。
国民の税金でご飯を食べ、国民の税金での議員宿舎に暮らす彼らが、
国民が求めていることを無視していいわけがないはずである。
彼らは、もう少し自分たちの立場と責務を、民意を受けて、全うしてほしい。
それができないのならば、(ボランティアで)実際に、自分の身体を使って、
ガレキ撤去等でこの国に貢献するべきだ。
私が、火災で罹災者となり、身一つで焼け出された時・・・
本当にお金もなく、家財道具もなく、着替える服も、寝泊まりする家も
失ったとき・・・ どれだけ心許なかったか ・・・ 今になって、改めて
思いだすと、辛い気持ちに包まれる。
若かったから、「日々、働くこと」で、どうにか気持ちを持ちこたえられ、
どうにか自分を維持できていたが、「孤立感」と「みじめな気持ち」は、
変わらず拭えなかったのを覚えている。
周囲は普通なのに・・・、自分だけが「何もない」状況だったから・・・。
物乞いをするわけにもいかず、やはり知人のご厚情に助けられ、
衣類一枚が援助となり、私には「愛ある支援(応援)」に感じられた。
「モノよりも、必要なものを買って」と言われ、手渡された「のし袋」。
お見舞と書かれた袋には、現金が入っていて、どんなに有り難かったか・・・。
義援金は、被災者の皆さんのために募られた「現金」である。
手にするだけで、気持ちが安心することもあり、かつて経験者した私は、
現在の状況に「はがゆい想い」が、ぬぐえない。
単なる「お金」ではなく、「命をつなぐお金」だから・・・。
全国からの「善意のお金」だから・・・。
とにかく、硬い床で、折り重なるように寝ている人々に、せめて
小額ずつでもよいから、徐々に配分してほしいと感じている。
役場も被災しているのは充分理解しているが・・・
不満がないように、均等に配分しなければいけないのも理解しているが・・・
あまりにも、いろいろなことが進展しない現実に、とても心配になり、
被災者の皆さんの体調が気にかかる。
今は元気でも、疲れは蓄積していくから、できるだけ早く対応をして、
人々の生活を立て直すように、国も市町村も民間も、皆が力を合わせて
応援していきたい・・・と、強く思う。
一人一人の命の重さを感じながら、精一杯守った「心の灯」なのだから、
これからの人生を(少しでも)意義あるように暮らしていただきたい。
日々の「3・11」の映像と、現状の光景は、胸に迫りくるものがあり、
私にはとても辛い現実である。
東北の皆さんが、気丈で、骨太の民族性を持ちえているのが何よりも
勇気をもらえることだが・・・
私たちは、その強い気持ちに甘んじることなく、決して忘れることなく、
ずっとサポートしていく姿勢を貫く必要がある。
「あきらめないで、心をひとつに、ニッポン!」
「応援しているよ、東北!」