お母さんのような存在

2011年06月17日 | 自分 -

田舎に住んでいる叔父の妻である「叔母」が、母が亡くなってから、
とてもよくしてくれる。
私に対して 「お母さんだと思って」というのを、口癖のように、
電話で話している人だ。


今回も、リサイクルのために頼んだ レースのカーテンを、
私の指定どおりに、綺麗に作り直してくれた。
一軒家から集合住宅へのお引っ越しのため、カーテンなどは
本当にたくさん余ったので、ほこりよけのカバーに使ったり、
ベランダの目隠しに使ったり、いろいろと知恵をしぼって
利用しているが・・・さすがに、つぎはぎのテーブルクロスや、
納戸の入り口の変形サイズのカーテンなどは、私の手に負えない。
それで、仕方なく叔母に頼んだのだが・・・届いたものは、
洋裁で身をたててきた叔母らしい「簡単だったわぁ~」という
感想のごとく、素晴らしいものだった。
それに・・・なんと、たった一日で、全部を仕上げてくれた。

そのうえ、送った余り布で、素敵な手提げ袋をつくってくれ、
叔母がつくってあった夏物パジャマなども同封されていて、
とてもうれしかった。
最近の「吊りものスーツ」のように、パンツは短パンと長パンと
二枚がついており、感動的な部屋着のようなパジャマだ。


着ないで無駄になっている着物の布(絹)なども、いつかまた
オリジナル洋風ジャケットになるように、お願いしてみようかと
思ったりしている。
さすが、叔母の洋裁仕事はホンモノだ。



何でも「捨てる」ことはできるが、「再利用する」ことの方が、
手間がかかり、時間がかかり、お金もかかるのかもしれない。


今回、「糸代」として、同封した「手数料としての現金」が、
叔母にとっては切なかったようで、手紙で切々とそのあたりが
書かれていた。
「それを見た時にびっくりして、落胆しました。
 とても悲しかったです。
 私には、あなたのような娘をもてるはずもないのですが、
 自分は娘のように思っているので、・・・・」

お金をおくるのは、失礼だったようだ。
帰省した時に、お土産を買っていくとか、いつものようにして
お礼をした方がよかったみたいで、その後電話して、説明して
機嫌を直してもらったが・・・他人の心を推し量るのは難しい。

私の想いよりも、叔母の想いの方が、強いのが分かり・・・
とても嬉しいやら、気が重いやらで・・・
有り難い「贅沢な悩みのようなもの」が出てきてしまった。


叔母は、娘がいないことで、急に気持ちが全面に出てきて、
私との関係は短時間で濃密になったのだろう・・・と思う。
一時期は、定期的に長文の手紙をもらっていた時期もあった。

もう一つの理由としては・・・
母を亡くした後の父が、兄弟の中でも特に仲がよかったのが、
市内に住む叔父で、弟ながら「しっかりとした人」なだけに、
父は叔父に頻繁に会っていたようだ。
家庭菜園でつくった野菜を持参して、市内まで時間をかけて
出かけて行っていたのだろう。

私と同居してからも、帰省のたびに訪問して、会っていた。
そんな関係が数年続いたので、父が亡くなってからも・・・
単なる「親戚」以上の関係になったのだと思う。
我が家族が不在となった実家の世話(手入れ)もしてくれたし、
その関係はより密度を増していった。

大阪にいる息子さんの自宅に遊びにいったときも、叔父は、
「○○(私)に会いに行く方が気が楽だ」と感想をもらし・・・
お嫁さんとの関係に言及したようだ。

そういう叔父が、父が経てきた道を、たどりはじめた。
現在は、耳が聞こえづらくなり、杖がないと歩けないと
愚痴をもらすようになった・・・。
急に訪れた「老い」に対峙して、世話をする叔母は心配で、
いろいろなことが自分の中に起こっているのだろうと、勝手に
想像しているけれど、あながち間違ってはいないと思う。
息子は離れて生活しているので、日々の暮らしは他人のような
関係になってしまい、今や「血がつながっている関係」だけに
なってしまったようだ。
孫が小さければ遊びにも来るけれど、それもすでに遠のいて、
今は何年も会っていないような関係らしい。


遠く離れてしまっても、濃密な関係は築けるものだが・・・
「遠い」のを理由に掲げ、ご無沙汰してしまう家族関係が、
昨今はあまりにも多いように思う。
もちろん、電話代がかかるし、頻繁に連絡してあげることが
必要になるので、それなりに気は遣わないといけない。
しかし、そう思って、(必要を感じて)それを続けていくうちに、
その行為はごく自然な流れとなっていく。
そして、ついに、自然発生的に、心を投げられるようになる。
決して義務的ではない、心の奥からの気遣いに変化しているのだ。

人間同士の「信頼関係」というものは・・・・
「距離や時間を飛び越えて成立するものだ」と感じているために、
お互いの「心」や「気持ち」のやり取りを丁寧に続けるだけで、
濃密な関係が手にできるのだと、切に思う。

そして、私のように、たとえ相手と血がつながっていなくても、
成立することだと感じている。