「指示待ち仕事人」の多さ

2011年06月12日 | 仕事 -

おやおや~な事実が、発覚した!
お引越しの際に設置してもらったワードローブが壁にぴったりと
置かれているので、ドアを開けると・・・ 柱にぶつかってしまう。
隙間が全くないために、ワードローブの扉に傷がついてしまうのだ。
「げげっ、何、これ~~!」
この位置を指示したのは、私自身だ。

「どこに置きますか?」
「壁に近い位置にお願いします」
「ここでいいですか?」
逐一、細かく、聞いて頂けたので、有難いものの・・・
扉が(問題なく)開けられるかどうかの実験的な開け閉めについては、
私も 引越し専門業者さんも 誰もが、全くしていなかった。

本当は・・・ 昔だったら ・・・、
仕事上の経験から「ここらあたりで」という助言があったり、
すでに配置図を渡してあるので、どんどん自主的に作業してくれた後に、
最終的にバランスを確認して(家具の扉を開けたり、全体的に見ながら)
手直しをしてくれたり・・・と、引っ越し運搬の作業一つをとっても、
「使う側の立場に立った作業をしてくれていた」ように感じるが、
今回は、仕事の「やり方」が、昔と多少変わってきたと思った。
事務的で、使用者の確認がとれれば、それ以上のことはしない・・・
という、明確なマニュアルのような「やり方」だ。
もちろん、間違ってはいないし、当然のことであるが、
昔と違って、想像力とお客さんに対する思いやりが乏しいとも思った。
率直に言うと、“お願いしたこと以上は、何もしてくれない”ということだ。
これは、ひとえに、現場の「人の感性の違い」だ。



私の仕事上でも、とにかく「指示待ちの若手が多い」のが現実(現状)だ。
そして、指示した仕事以外のことはしないで、また次の指示を待っている。
たまに「少しは、先のことを自分で考えてみたら?」という助言をすると、
一瞬、複雑そうな表情をして、それなりに頑張ってはくれるが・・・
いつもしっくりとこないことが、最終的に待ち受けていることが多い。

  ※私は正社員ではないので、少し引いた立場でいるために、
   あまり突っ込んだ指導もできないように感じるし・・・
   会社の中では微妙な立場だ。
  (もし、正社員だったら、違う関わり合い方をしているだろう)

若さゆえの結果なのだと、私自身は受けとめているが、いつまで続くのかと、
密かに(まじまじと)横顔を眺めてみることもある。
激昂したり、マジに怒ったりはしないが・・・、呆れることは、時々ある。
失笑で済むうちは、何ら問題はないと思っているけれど、
果たして会社全体のことを考えると、どうなのだろうか・・・と思う。



私は、時として感じることがある。
これらは、「考える力の乏しさ」と「想像力の欠如」ではないか・・・と。
相手を思いやれ~とは言わなくても、「その先を想定して動くこと」は、
仕事をする上で必要な “思考の手順” だと思うのだが・・・。
簡単そうな自発的行動が、なかなか稼働しないようだ。

若者たちは、そういう思考で、今まで生きてきていないように感じるし、
とにかく、表情の変化も少なく、彼らは「感動」というものが少ない。
なぜなのだろうと、しみじみ(おばさん化した私は)感じる。

また、「気力」や「精気」のような根源的な人間にとって大切なものも、
徐々に失くしているのではないだろうか・・・と、感じることもある。
もちろん、人によってではあるけれど(笑)。
元気で、前向きで、有望な若者も、ちゃんといるが、正直なところ・・・
その格差が大きいという印象は、否めない。




最近は、仕事の質も内容も(立場も)、平均して3年周期で変わるから、
どうしても「プロがいない」のだ。

若い人が、育たないし・・・ それ以上の高みにあがろうという意欲が
見えてこない人もいる。

残念というよりも、生気を失くしていくようで、将来が心配になってくる。




我が家のワードローブを動かすのは、私にとってたいした問題ではないが、
日本の社会の規範や仕組みを変えるのは難しい。
だからこそ、その底辺にいて支えるべき若き人材が、より良き方へ向かって
育ってくれることを願ってやまない。