コロナ感染者増のため、新たに決まる「中止」と「リモート化」の勢いが、止まらない。
緊急事態宣言が解除された後、またこの勢いになるとは、思ってはいなかった。
いや、思いたくはなかった。
諸外国に比べて、日本は増加しない、という思い込みに縋ろうとしていた。
現実は、どんどん変わっていく。
来日ゲストのある予定だった晩秋の企画が、今日の打ち合わせで、Zoom開催の方向に大きく傾く。
海外ゲストの方と話してみるが、かの国も、たいへんそうだ。
夏の、秋の、来年のいろいろな公演の中止と延期の報が、続々と届く。
そして大学後期授業のリモート化が、正式決定らしい。私の授業は今年は後期だけだから、これからパソコンを使った講座のやり方の勉強をすることになる。やれやれ。
私の戯曲講座の研修科メンバー・宇吹萌さんの作品が最終選出された、文化庁の〈創作オペラ〉のワークショップも、稽古過程の一般公開や、ファシリテータによる講義を、「ZOOMで配信」するという。オペラなんだがー。
私は「リモート演劇」という言葉は悪い冗談にしか思えないが、通信システムの発達による合理化に、すべて反対するわけではない。じっさい、ここ連日、一日二時間以上、Zoom会議は、している。しかたがないのだ。ただ、種々の事情で画像はオフにさせていただく場合が多い。四日前など、駅の待合室で、イヤホンでZoom会議に参加した。ほぼ発言できない。
文句ではない。
わかっている。わかっては、いるのだ。
だが、夏になれば、少しはマシになると思っていた。
残念ながらそうならない現実がある。
感染者の数字に惑わされるな、という言い方もわかる。
だが、医療の現場が逼迫しかねない状況が近づいていることは、否定できない。
これでは、繰り返しではないか。
緊急事態宣言は、出してほしくはないが。
コロナ状況が好転したことを受けて書く心づもりだった原稿を書く手が、止まってしまった。
目の前のことを言うことはできるが、至近でなく「過去から未来へ」の繋がりに触れる表現が、難しくなっている。
そして、いま、何にリアリティがあるのか、という、思索の問題にも、なっているのだ。
耐えるしかない。
写真は、一ヶ月前の、稽古場。